JRの定期券、安すぎ? 割引率を改められないワケ 130年間いつだって“国策”
乗りものニュース / 2024年4月22日 7時12分
リモートワークが普及しているものの、鉄道利用者で依然として最大のボリュームを占めているのが、定期券(定期乗車券)の利用者です。かつて通勤・通学の主流は回数券でしたが、どういった経緯で定期券に置き換わっていったのでしょうか。
鉄道旅客で最大ボリュームを占める定期利用者
コロナ禍が鉄道に及ぼした影響のひとつが、リモートワークやフレックスなど自由度の高い働き方の普及による通勤客の減少です。国土交通省が毎年行っている混雑率調査によれば、2019年と比較して2022年の利用者は多くの路線で3割前後減少しており、車内混雑はかなり緩和されています。
これまで通勤者は、会社から支給される「通勤定期乗車券」を利用するのが当然でした。最も割引率が高いJRの6か月定期だと、月12日利用すれば元が取れます。毎日利用する前提なら非常にお得です。
しかし月12回、週3回以上と考えれば、リモートワークの頻度によってはギリギリ。より割引率の低い事業者だと定期券を買うメリットがありません。ICカード利用のポイントサービス導入も、その追い風でしょう。
とはいえ依然として定期利用者は最大ボリュームです。大手私鉄15社の輸送人員に占める通勤・通学定期券(2022年度)の割合を見ると、名鉄の69%が最大、阪急の52%が最小で、全社とも定期利用者が過半数を占めています。
そんな鉄道利用の中心である定期券。いつ頃に登場し、なぜ普及したのか、そして鉄道事業者にとってどんな存在だったのでしょうか。
東京で路面電車が開業したのは1903(明治36)年のこと。翌年に中央線、1909(明治42)年には山手線に電車が走り始めましたが、この頃には「通勤ラッシュ」はありませんでした。電車は基本的に朝から晩まで、ほぼ同じ間隔で運転していました。
というのも、電車通勤とは郊外の住宅から都心の業務地まで通う勤務形態があって初めて成り立つものであり、明治時代は職場併設あるいは近所に住む「職住近接」が主流だったからです。
通勤・通学のお供は、回数券から定期券へ
大正時代に入って商工業が発展すると、サラリーマンや工場勤務者など通勤者が増加し、通勤ラッシュが起こるようになりました。それまで1両編成だった電車が2両、3両と長くなっていったのもこの頃です。
利用回数が増えれば、乗車券を毎回買うのは面倒です。しかし定期券自体はすでに明治中期には存在しましたが、1等・2等車(現在のグリーン車に相当)のみの発売で、高額な保証金を支払う必要があるなど、庶民向けのものではありませんでした。
3等車(普通車)用の最初の定期券は、1895(明治28)年に登場した「通学定期乗車券」です。1903(明治36)年に一般向けの「普通定期乗車券」も発売されます。明治後半に入ると都市部の人口が増えますが、運賃制度が近距離利用に不利だったので、救済策として設定されたものでした。
本格的な定期券は1918(大正7)年に登場しました。それまでの営業制度は複雑で分かりにくく、逆転現象など不合理が生じる不完全なものだったので、普通運賃で1日1往復利用するものとみなし、距離ごとに4割から6割の割引率を適用する方式に改めたのです。
ただこの頃の主流は1900(明治33)年に発売を開始した回数券でした。当初は特定区間のみの発行で50枚つづり、有効期間は90日、普通運賃の20%引きでしたが、1903(明治36)年に区間の制限がなくなり、25枚つづりに。割引率はやや拡大されて20~30%になり、使いやすくなった回数券は人気を集め、10年ほどで発行枚数は5倍に増えたといいます。
ところが回数券の発売数は1919(大正8)年をピークに減少します。そのきっかけは1920(大正9)年に行われた運賃改定でした。当時、第一次世界大戦の好況で日本経済は急成長し、鉄道利用者も急増しましたが、同時に激しいインフレが起きていました。
収入不足に悩む国有鉄道は運賃値上げに踏み切りますが、過密化した東京市から郊外に移住する流れを止めたくない政府は、社会政策の一環として定期券の割引拡大を決定。定期運賃だけ価格を据え置くという異例の運賃改定を行ったのです。
戦後に割引率が縮小されたワケは?
当然、割引率は大幅に上がり、普通定期は53~80%、通学定期は最大88%となり、一方の回数券は普通運賃と同様に値上がりしたため、徐々に定期券利用が増えました。
1920(大正9)年に27%だった輸送人員定期比率は、1931(昭和6)年に51%となり逆転しますが、大幅な割引のため収入の比率は8%に過ぎませんでした。なお、国の免許、監督を受ける私鉄も国有鉄道ほどではないですが、4~8割引されていました。
戦時中、終戦直後の特殊な状況は省きますが、事態が変わったのは1950年代のこと。高度成長で利用者が急増し、輸送力増強ために莫大な投資をしなければならなくなったのです。
増加分の大半が通勤・通学利用者、つまり朝ラッシュの乗客ですが、そのための車両や施設は朝しか使わない効率の悪い資産です。しかも原因となる定期利用者は大幅な割引をされているのです。
そこで国鉄、私鉄各社は運賃の値上げと割引率の縮小を求めました。政府は物価抑制を名目に公共料金の値上げに消極的でしたが、ない袖は振れないので、経営努力を条件に徐々に引き下げられます。
1960年代に70%だった平均割引率は、オイルショックのあった70年代に50%台まで下がり、80年代に40%台、現在は30%台まで縮小しました。この結果、地下鉄乗り入れや複々線化、長編成化が促進され、現在のネットワークが実現しました。
一方、現在も50%近い割引率を維持しているのがJR本州3社(東日本・東海・西日本)です。これは国鉄がかつて国鉄運賃法で、1か月または3か月定期は「普通旅客運賃の100分の50に相当する額をこえることができない」、6か月定期は「100分の40に相当する額をこえることができない」と割引率が決められていたことに由来し、民営化後も運賃水準を維持している結果です。
それでもJR東日本のオフピーク定期券導入など、状況は変化しつつあります。各種運賃制度の見直しが叫ばれる今、定期券のあり方も議論が進むことでしょう。
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