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「子どもがネットで何を検索したか、学校は把握できます」 学習用デジタル端末の新機能は有用?プライバシー侵害? 生徒の悩みも性的指向も浮き彫りに

47NEWS / 2024年3月9日 10時0分

東京都世田谷区教育委員会が入る区役所庁舎=2月24日

 2023年6月19日、東京都世田谷区議会議員の上川あやさんはある「決意」を固めていた。この日開かれる区議会の文教常任委員会を巡り、不穏な情報を聞いていたためだ。
 「世田谷区が、子どものプライバシーを侵害しかねない取り組みを提案するようだ」
 事実であれば「何とかして止めないといけない」。
 委員会が始まると、はたして区教育委員会の担当課長が、10人ほどの区議を前にこんな話を切り出した。
 「小中学校4校で、新たなフィルタリングソフトを試行的に導入したいと考えております」
 フィルタリングソフトとは、アダルトサイトや自殺関連サイトなどを見られないようにするものだ。小中学生が使う学習用デジタル端末の多くに導入されている。問題は、課長が今言った「新たなソフト」に搭載されている機能だ。それを使えば、子ども一人一人がインターネットで何を検索し、何を見たかという履歴を、学校側が細かくチェックできるという。


 担当課長の説明が終わると、上川さんはこう問いかけた。
 「検閲めいていませんか」
 近くに座っていた区教育委員会のトップ、渡部理枝教育長の顔色がさっと変わったようにみえた。(共同通信=小田智博)


取材に応じる世田谷区議の上川あやさん=2月5日、同区

 ▽個人の内心に関わること
 委員会で上川さんは、性的少数者の子どもを例に説明を始めた。
 「LGBTの生徒は、親、あるいは学校の先生のことも信用できない。自分のセクシュアリティー(性の在り方)が公言されてしまうと、教室にも、家庭にも居場所を失う可能性があるから」
 性的少数者への偏見は依然根強い。保護者や先生であっても、味方になるとは限らないというのは、残念ながらその通りだろう。
 上川さんは続ける。そうした子どもたちは、自身の性的指向や性自認に関する情報を得ようと、ネット検索をすることもあるはずだ。先生や教育委員会がその履歴も見てしまうことが、果たして認められるべきなのか。
 「ケアレス(軽率)に、個人の内心に関わることを把握されようとしていると感じる。いかがですか」


区議会文教常任委員会の議事録。上川さんの発言が記載されている

 ▽方針撤回
 上川さんは2003年、トランスジェンダーであることを公表して世田谷区議に初当選し、現在6期目。性的少数者の権利擁護への関心はとりわけ高い。
 担当課長は、思いも寄らない事態に困惑しているようにみえる。すると、渡部教育長が後を引き継ぐ形で答弁に立った。
 「今おっしゃったことは非常に課題だと感じている。いったん、ここの件に関しては白紙に戻す」
 教育長の言葉は、事実上の方針撤回を意味する。上川さんはほっとした。
 「ぜひお願いします。ちょっと人権にもとるところがあると思います」
 翌月、同じ文教常任委員会で、検討結果を担当課長が報告した。新しいフィルタリングソフト「i-FILTER(アイ・フィルター)」は予定通り試行的に導入するものの、「検索履歴やアクセス履歴を見る機能は利用しない」と明言した。


アイ・フィルターのパンフレットに記載された、検索履歴を閲覧する機能

 ▽あなたは見られてもいいのか
 検索履歴の問題性は、性的少数者のプライバシーにとどまらない。例えば、子どもが「離婚」という言葉を検索していたとしたら、両親の不仲を心配している可能性が考えられる。
 学習用端末とはいえ、子どもたちが使うのは学校だけではない。文部科学省は、端末を持ち帰って家庭学習でも利用することを奨励している。自宅でこっそりと、自分の悩みを検索ボックスに打ち込む子どももいるはずだ。
 上川さんは私にこんな問いかけをした。
 「検索履歴はその人の内心そのもの。それをのぞくのは、子どもを一人の人間として尊重していないことと同じ。あなたは、あなたが何を検索しているかを見られてもいいのですか」


アイ・フィルターのパンフレットに記載された、「見守りフィルター」の紹介文

 ▽「検閲」の意図はなかったが
 ではなぜ、世田谷区教育委員会はこの機能を導入しようとしたのか。
 担当課長は、一人一人の履歴を「検閲」する意図はなく、子どもが全体としてどんな言葉を検索しているかを集計する狙いだったという。その結果を踏まえ、「検索にふさわしくない言葉」を子ども同士で話し合ってもらうなどして、ネットリテラシーの向上を図るつもりだったという。
 ただ、その過程で誰がどんな言葉を検索したのかも「結果的にひもづいてしまう(把握できる)」と委員会で答えていた。
 この機能の利用を見送った理由を改めて尋ねると、こう語った。「(区議会での)意見を踏まえた。子どもを傷付けてしまうことになるかもしれない。必ずしも必要ない機能だということ」



デジタルアーツ社の本社が入っているビル=1月24日、東京都千代田区

 ▽「子どもの動向を知りたいのは自然」
 ところで、検索履歴を閲覧する機能は、どうして付けられているのだろうか。アイ・フィルターを販売するデジタルアーツ社を訪ねた。
 マーケティング部の担当者によると、アイ・フィルター自体は全国の市区町村教育委員会の4割強に導入されている(昨年9月時点)。本来のフィルタリング機能の充実はもちろん、端末を利用できる時間帯を細かく設定できるなど、教育現場のニーズに応じた機能を次々と取り入れているという。子どもの検索履歴をチェックできる機能も、その一つだ。
 この機能を付けたのは2022年春のこと。新型コロナウイルス禍もあって小中学生一人一人に学習用デジタル端末が配られ、利用が本格化する中で、教育現場から要望が寄せられ、それに応えるために付けたという。
 履歴を閲覧できる人の範囲は教育委員会で設定できる。教育委員会の担当者のみとするケースもあれば、先生一人一人に権限を与える自治体もあるそうだ。各地の教育委員会からは、次のような歓迎の声が寄せられている。
 「重大な事件や事故を未然に防げるのではないか」
 「自殺や犯罪などの有害サイトやSNSによる誹謗中傷は、身近に潜んでいる危険。子どもたちを被害者にも、加害者にもしないために、止められるのが大事」
 「現場の教員が安心して情報通信技術(ICT)を活用できる」
 デジタルアーツ社の担当者はこう語った。
 「子どもたちのネット上での動向は見えにくい。それを知りたいというのは、割と自然なことではないか」
 プライバシーに関する懸念をどう考えているのか。
 「重要な論点だと思う。だからこそ、機能のオンオフは、教育委員会や学校で選択できる」
 つまり、現場の判断に委ねているということだ。

 ▽自殺をほのめかす履歴
 実際に検索履歴を見ている教育委員会では何が起きているのだろうか。
 東日本のある教育委員会の男性担当者は、履歴を確認した経緯を説明した。
 「2022年の夏ごろ、ある公立中学校から『最近、様子がおかしい生徒がいるので検索履歴を確認してみたい。一緒に見てもらえないか』と相談を受けた。自殺をにおわせるような振る舞いがあるということだった。中学校に行き、その生徒の履歴を見ると、自殺に関連するような検索をした記録が出てきた」
 「自殺 方法」のような直接的な言葉による検索は、ソフトのフィルタリング機能に引っかかる。この生徒は、自殺をほのめかすような別の言葉を、手を変え品を変え入力していた。それでも結局、自殺に関する情報が載ったサイトにはたどり着けなかったようだ。
 履歴を見た教員は「あー、やっぱりそうなんだね…」といった反応だったという。
 教育委員会の担当者は、中学校がその後、この生徒にどう対応したかは把握していないという。情報が入ってこないため、大きな問題には発展しなかったはずだと考えている。
 この中学校に取材を申し込んだが、応じてはもらえなかった。


教室のイメージ写真(記事本文とは無関係です)

 ▽説明責任を果たしたい
 この教育委員会の男性担当者と話をしていると、「検索履歴が閲覧できる機能は大事だ」と語った。理由を聞くと、意外な答えが返ってきた。
 「『何か』が起きたときに、因果関係を証明できるようにしておきたい」
 彼が言う「何か」とは、例えば自殺や違法薬物の使用だ。生徒が学習用デジタル端末で情報を得て、取り返しの付かない事態に至ったのではないか―。教育委員会が外部からそんな風に責められることを心配しているという。
 少し考えすぎのようにも思えるが、彼はこう続けた。
 「履歴が残っていれば『端末からは、自殺をうかがわせる兆候は見つからなかった』などと説明できる。説明責任を果たしたいということです」

 ▽大人も同じ?
 この男性担当者によると、検索履歴を学校側が把握することは親も同意している。
 「年度初めに、保護者から同意書にサインをもらっている。同意書には『ログ(履歴)の取得を行っている。必要に応じて閲覧することもある』と記載している」
 同意書の内容は、保護者を通じて子どもも確認するよう伝えている。ただ、子どもがどこまで理解しているかは分からない。
 これまでに「履歴を見られたくない」という家庭はなかったのだろうか。
 「これまでにそういったケースはないが、(学校側から)丁寧に説明してご協力いただく形になると思う」
 話を聞いていると、この自治体では事実上、親や子どもに拒否権がないように思える。率直な疑問をぶつけてみた。
 「子どもの検索履歴って、見てもいいものだと思いますか」
 彼はしばらく沈黙し、答えた。
 「学習のための端末なので…。ただ、プライバシーの問題はある。私も仕事でパソコンを使っていますし、気持ちは分かる」
 そして、こう続けた。
「でもその点を言うと、私たちのパソコンも同じようなものですよね」
 この自治体の端末には、情報漏えい防止などを売りとする監視ソフトが組み込まれているという。「(検索履歴も)見ようと思えば、全部見られてしまうんですよね」
 丁寧な口調でそう続けて、少し困ったように笑った。

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