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「インバウンド増えてるのに航空便を増やせない」深刻な〝空の裏方〟の不足 「グラハン」の働く環境整備を

47NEWS / 2024年3月17日 10時0分

出発直前の機体と、ANA関西空港の「グランドハンドリング」徳岡紗由美さん

 1月中旬の関西空港。まもなく到着する飛行機を10人ほどのスタッフが駐機スポットで待っていた。この日の平均気温は7℃。ただ、滑走路には日差しがさんさんと注いでいる。
 飛行機が滑るように到着すると、次々と作業が始まる。乗客の荷物や貨物の積み降ろし、翼からの燃料給油、操縦席とのやりとり…。
 航空機の発着に合わせて出発までの限られた時間に行われる地上支援作業を「グランドハンドリング」(グラハン)と呼び、従業員が安全な就航に向け日々汗を流す。だが新型コロナウイルス禍で激減した航空需要や、右肩下がりの国内の生産年齢人口などを背景に、担い手の減少が課題となっている。(共同通信=田中楓)


機体到着後、貨物の積み降ろしや給油など次々と行われる地上支援作業=1月17日、関空第1ターミナル


 ▽コロナで人員減
 グラハンは主に、搭乗手続きをはじめ機内への誘導など利用者に対応する旅客ハンドリングと、航空機周辺の業務に当たるランプハンドリングに分かれる。
 国土交通省によると、航空業界という高いブランド力で就職希望者が多い一方、深夜や早朝を前提とした勤務体系や、現場に若手が多く相対的に給与が低いことなどを理由に、結婚や出産といったライフステージが変わるタイミングで離職する人が一定程度、存在するという。


新型コロナの流行が始まり、大型連休中も閑散とした羽田空港第2ターミナル=2020年4月29日

 加えてコロナ禍には航空需要が激減し、新規採用も停止した。2019年3月には国内の全ての空港における旅客ハンドリングは約1万4100人、ランプハンドリングが約1万2200人だったが、そのうち前者は約2600人、後者は約1200人も減少した(2023年4月現在)。需要の回復に合わせて採用活動は活発になっているが、指導に当たる中間層の人手が足りずに負担が増しているという。


スイスポートジャパンの本社が入るビル=2023年11月29日夕、大阪府泉佐野市

 ▽業界を巡る現状
 この問題が表面化したのが、昨年11月のスイスポートジャパンの事例だ。成田や羽田、関空など国内6空港に拠点を持つグラハン大手の一角だが、管理職を除く社員の約6割が新人で一部の中堅に業務が集中し、長時間労働が横行していると労働組合が主張。「是正されなければ時間外労働を行わない」と通告する事態になった。
 減便への懸念が高まったが、会社側が同業他社への支援要請などで業務量を減らすと表明し、沈静化した。
 2023年8月に業界の持続的発展を目的として設立した団体「空港グランドハンドリング協会」は加盟する他の企業では同様の過重労働は確認されなかったとしている。


「空港グランドハンドリング協会」の設立総会で記念撮影する関係者=2023年8月、羽田空港

 しかし、小山田亜希子会長(ANAエアポートサービス社長)はこう指摘している。「処遇改善や労働環境の整備に注力し、長く働き続けられるような業界にしないと(今回のような)問題は解決しない」


 ▽離職回避に向けて
 航空需要が乱高下し、飛行機を飛ばすための安定的な人材確保が喫緊の課題となっているグラハン業界。だが手をこまねいているばかりではなく、さまざまな模索が始まっている。


手元のコントローラーで飛行機を自走できる位置まで押し出す「プッシュバック」と呼ばれる花形業務の準備を進める徳岡紗由美さん

 「同期や先輩が辞めてしまい不安だったが、需要はいつか復活すると希望を持って頑張ってきた」。そう語るのは、ANA関西空港の徳岡紗由美さん(28)だ。コロナ禍前の2018年の入社組になる。
 日差しに目を細めながら飛行機の前輪のそばに立ち、手元のコントローラーで航空機を自走できる位置まで押し出す「プッシュバック」の準備を始めた。ランプハンドリングの花形業務だ。
 従来はトーイングカーと呼ばれるけん引車に乗り込み、ハンドルを握って操作してきた。運転には資格が必要で、入社5~6年の社員が約1カ月半かけて技術を身につけてきた。
 全日本空輸では、若手でも花形業務に携わることでモチベーションを高めつつ訓練期間の短縮にもつなげようと、2020年から関西空港にリモコン式の電動航空機けん引車を導入した。
 勤続3年をメドに、資格を取得すれば2日ほどの訓練で携われるという。徳岡さんは入社2年目からプッシュバックを担当する。「資格も短期で取れて、ベテランがやっていた業務が身近になった。とてもうれしい」と充実した表情で答えた。


京都・清水寺近くを散策する外国人観光客=2023年7月

 ▽高い目標と課題
 政府は、2023年に2506万6100人だった訪日客数を、30年には6千万人とする目標を掲げている。全日空広報部の担当者は、現在の航空需要をこう分析している。「国内線ではコロナ禍前を超える高水準が続き、国際線も円安の影響があるものの緩やかに回復している」
 一方で国内の生産年齢人口は減少の一途をたどり、厚生労働省が2月に公表した地域別推計人口によると、全国の15~64歳は2050年時点で5540万2千人となり、20年比で26・2%減となる。今後については「人手だけに頼った業務設計の見直しや業界全体で業務の効率化を図る必要がある」と語る。
 そこで全日空は、関空での貨物の積み降ろしに、延伸可能なベルトコンベヤーを導入した。これまでは天井の低い貨物室に等間隔で従業員を配置し、バケツリレーの要領で運び込んでいたが、ベルトの上を貨物が流れていくので1人でも対応できるようになったという。


延伸可能なベルトコンベヤーの上を滑り、貨物室奥まで流れていく貨物

 また全日空と日本航空は、4月からグラハンに必要な作業資格の一部を相互に承認することを決めた。主要空港では各グループ企業が業務を担い、それぞれに必要な資格や機材を用意する。だが地方空港では各地の事業者に業務を委託していたため、社ごとに資格を取得したり教育プログラムを受講したりするのは「非効率だ」との声が上がっていた。
 相互承認の対象は、飛行機の誘導や移動、旅客の手荷物や貨物の積み降ろしなどの業務に必要な資格。2社が同じ事業者に委託している地方の10空港で行われる。


ANA機が駐機スポットに到着するのを待つスタッフ=1月17日、関空第1ターミナル

 国も支援体制を強化する。従業員の休憩スペースやランプハンドリングが使用する車両を、共有物として自治体が整備した場合に、負担額の半分を補助する。国交省職員は「地域振興のための観光で、そのための空港整備です。来日する外国人の9割以上が飛行機でやってくるので、自治体にももっと関わってもらいグラハンの処遇改善や離職回避につながれば」と期待する。政府が掲げる大きな目標の実現に向けて、ライフステージの転換期にある若い世代がやりがいを持って働ける職場整備が急がれる。

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