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「プロ野球90年」作家・重松清さんが語る野球への深い愛「ヒーローは江夏豊。名前が格好いいじゃん」

47NEWS / 2024年4月16日 10時0分

インタビューに答える重松清さん=3月5日、東京都新宿区

 日本のプロ野球は1934年に巨人の前身「大日本東京野球俱楽部」が発足したのが起源とされる。今年で90年を迎えたプロ野球への思いを各界の著名人に聞くインタビューシリーズ。広島の初優勝を描いた「赤ヘル1975」など野球にまつわる作品を多く手がけてきた作家の重松清さんが、深い野球愛を語った。(聞き手 共同通信・石川悠吾、児矢野雄介)

 ▽共通言語

 小学校3年生までは名古屋にいた。特に幼稚園から小学校1年生まで住んでいた場所は中日球場(現ナゴヤ球場)からすぐ近くで、アナウンスも聞こえたりしたんだよね。あのころは、小学生はみんな野球帽をかぶっていた。スポーツというよりも、共通言語というか、白いご飯みたいなね。だから「野球との出会い」と言われても、普通に当たり前のようにそこにあったよなあと。


 原風景にアニメ「巨人の星」と王貞治、長嶋茂雄の全盛期がある世代。ジャイアンツのスタメン、1番柴田勲、2番土井正三、3番王、4番長嶋…というのが当たり前の知識としてあった時代。長嶋引退が小学6年生の時。テレビで見るために学校から走って帰った。最後の遊ゴロなんかも覚えているもんね。

 ▽広島初優勝

 1975年に、僕は山口県で中学1年生になって野球部に入った。その年に隣県で広島カープが初優勝。そのタイミングが大きくて、やはりカープは僕にとって特別なチームかな。紺色の帽子だったのが、あの年に赤ヘルに変わって勝ちだして、僕自身が中学生になったのとも重なってね。今でも一番好きな球場は旧広島市民球場。自転車置き場があって、みんな近所から来るんだよ。すごいよね。
 広島の原爆からの復興と野球の関係は、全国的には75年に初めて発見されたんじゃないか。なにしろ、市民球場と原爆ドームがこれだけ近いんだと、広島以外のファンはなかなか知らなかったんじゃないかと思うんだよね。75年の優勝によって、広島の歴史と、広島カープってこんなことをやっていたんだというのを発見した。74年の長嶋引退と入れ替わるようにしてね。これはやっぱり象徴的だよね。


初優勝し古葉竹識監督(中央)を先頭にペナントを掲げファンに応える広島ナイン=1975年10月、広島市民球場

 ▽一匹おおかみの魅力

 ヒーローは江夏豊だった。名前が格好いいじゃん。オールスターの9連続三振も生中継で見ていた。銭湯のげた箱のロッカー番号は絶対に(広島時代の背番号の)26だった。26が空いていなかったら、第2志望で(阪神時代の)28。一匹おおかみであり、優勝請負人というのがすごくかっこよかった。独特の魅力があるんだよね。


1971年7月、オールスター第1戦で9連続三振を達成した阪神・江夏豊投手=西宮球場

 一度対談をして、本当にうれしかった。僕の小説「とんび」が好きだと言ってくれた。お父さんがいなかったという江夏さんが、昭和のおやじを描いた「とんび」が好きだというのも、物語がある。やっぱり江夏さんは物語の宝庫なんだよね。


広島時代の江夏豊投手=1979年7月、ナゴヤ球場

 ▽「野球の底力」

 東日本大震災の時に楽天の嶋基宏選手が「見せましょう、野球の底力を」と言った。「底力」という言葉は本当にいいなと思った。よくぞ使ってくれたなと。「見せましょう。野球の力を」と言うよりも、「見せましょう。野球の底力を」の方がすごく深いところから出てくる気がする。いい言葉を選んだなと思うよ。
 底がない力というのは流行やブームなんだよね。去っていったら人気も落ちる。野球って流行でもブームでもない。昔より1面トップをプロ野球が飾る回数は減っているけど、ずっと底には野球があるんだな。
 勝ち負けだけでもないし、個人記録だけでもない。それぞれの球団のファンがいたり、ルールは知らなくてもかっこいい選手に憧れたり。高校野球のふるさと感みたいなものも。いろんな所に接点がある。ハッシュタグがたくさんつくというか。深いものからライトなものまで。その幅があるのが底力なんだと思う。
 阪神大震災や東日本大震災、新型コロナ。うちひしがれている時に、野球が底力を見せてくれる。野球と希望の関係というかね。今回の能登半島地震もきっとそうだ。野球ってスポーツなんだけど文化でもあるし、文化よりももっと身近な生活かもしれない。


色紙を手にする重松清さん=3月5日、東京都新宿区

 ▽「終わり方」の物語

 高校野球は3年間、トーナメントで終わりがきっちり。そこが魅力であり、寂しさでもある。一方でプロ野球選手の終わり方は、砂浜のようになだらかになっていて、どこでどう終わるかを割と自分で決められる。スパッと辞める人もいれば、ぼろぼろになるまでやりたいという人も。そこにすごく物語がある。
 僕も還暦を過ぎたけど、だいたい30代、40代あたりで同い年の現役選手があと何人いるかっていうのが結構気になったりする。とうとう自分より年上の監督が、阪神の岡田彰布さんしかいなくなっちゃって、いやあ参ったなと思ってね。僕たちの世代も、どうやって終わっていこうかというのを考えざるを得ない。別世界なんだけど、案外僕たちの人生とも地続きかもしれない。この選手の考え、分かるなあとか。そうなると、また新しい野球の愛し方というか、付き合い方ができるんじゃないかな。

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