史上最年少の“新国立”芸術監督 大抜擢の裏にあったのは「メソッド」
ananweb / 2020年1月9日 20時40分
昨年、新国立劇場に史上最年少の芸術監督が誕生した。当時、小川絵梨子さんは39歳。日本での本格的演出家デビューから10年足らずでの抜擢は衝撃的だった。
■ “斬新な舞台ばかりでなく、ベーシックも必要なんです”
「小さい時から演劇はよく観ていて、学生時代は演劇部でした。最初は俳優になりたかったんですが、高校3年生の時に演出をやったら楽しくて。私個人の表現より、いろんなセクションからのアイデアを吸い上げて舵取りするほうが性に合っていたんだと思います」
そして20歳の時に旅行でNYを訪れたのをきっかけに、向こうで演劇を学びたいと留学を決意する。
「その時はまだ、演劇を仕事にしようという強い意思ではなかったけれど、演劇をアカデミックに学びたかったんです。演劇の演出を専門に学べる学校が日本にはあまりないのと、全く知らない世界を体験してみたいという思いもあって、思い切って海外に出ました」
NYでの日々は新鮮で楽しかったけれど、将来を考えると展望が見えずに落ち込んだ、とも。
「日本で演出家になる方法がわからなかったし、アメリカで演出をやるには言語能力も、何より文化の理解度が足りない。私は、古典を斬新な解釈で再構築するより、戯曲を読み込んで地道に積み上げていくのが好きだしそれしかできないんです。でもそれには、根底にある文化の理解度が必要。例えば阿部定事件とか、ドラえもんとか縁側とか…日本人のなかに共通する原風景や想起される匂いがありますよね。それが向こうではウォーターゲート事件とかなわけです。頭では理解できても、一番重要な匂いや感覚までは理解できないので」
転機は突然訪れる。知人に頼まれて携わった俳優養成所の公演を通して知り合った演劇プロデューサーに、ある公演の演出を依頼される。それが’10年の舞台『今は亡きヘンリー・モス』だ。これが大きな評判を呼び、一躍時の人となった。「私はただ台本をやっただけなんですけどね」と言う。しかし、それまで老舗劇団か小劇場出身の演出家が主流だったなか、小川さんは海外で演劇を体系的に学び、そのメソッドに基づいて演出する。センスや個性で創る舞台とは違いオーソドックスだが、それゆえ戯曲自体の面白さが際立つ。
「斬新な解釈とか強烈な個性とか、憧れるし大好きだけれど、自分にはできない。ただ、斬新なものばかりでなくシンプルでベーシックな作品があってもいいし、舞台作品の多様性という意味でもむしろ必要だとも思います。その分野ならば、突出した個性や才能のない自分でも学んだことから立ち上げていくことができるのかなって」
何より大事にしているのは物語。
「ビジュアルにあまりこだわりがない…というかわからず、立ち上げた物語にそぐうものであればいいと思っているだけなので」
小川さんの現場では、俳優もスタッフもすべてが対等。全員がプロフェッショナルとして参加し、演出家の役割は全セクションと関わりながら舵取りをすることだ。
「いま芸術監督として一番のモチベーションは、次の世代のためによりやりやすい演劇環境を整えること。これまでの現代演劇は、どうしても革新的だったり作家性の強い作品が注目されてきたけれど、そんな特別な才能に恵まれていなくても演劇を創る方法は色々ある。先人たちが何世代もかけてその方法を模索して、積み上げてきた歴史もある。私もただその流れの中で次世代の方々に何か一つでも渡していけたらと思っています」
おがわ・えりこ 新国立劇場演劇部門芸術監督/演出家、翻訳家 1978年生まれ、東京都出身。日本の大学卒業後に渡米。2004年にNYアクターズ・スタジオ大学院演出学科を修了。’10年に初めて翻訳・演出を手掛けた舞台が話題となり数々の舞台を演出。’12年に読売演劇大賞杉村春子賞を、翌年には紀伊國屋演劇賞と千田是也賞を受賞。’18年に新国立劇場芸術監督に就任。
※『anan』2020年1月15日号より。写真・土佐麻理子 取材、文・望月リサ
(by anan編集部)
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