「“金持ちのケチ”とはこのことか」 両親のパジャマは「背中丸見え」… 呉服屋の娘が語る、驚きの金銭事情
CREA WEB / 2024年3月29日 11時0分
ミュージシャンで文筆家の猫沢エミが破天荒すぎる家族について書いたエッセイ『猫沢家の一族』(集英社)。ユーモラスかつせつない家族の歴史が描かれる同書から、一部を抜粋し掲載する。
父と祖父の、家の中での“定番の姿”とは
小学校の中学年頃、真っ赤な生地に呪いのような黒い太陽が渦巻くエキセントリックなTシャツを買った。すると母に「いい! あんたみたいなパンチのある顔には、このくらい派手な服が似合う! これからも人の目なんか気にしないで、派手な服をどんどん着なさい」と言われた。
なぜこの時、自分で買ったTシャツを母に見せたのかといえば、買ったのはいいけれどこんなものを着ていったら、悪目立ちして学校でいじめられやしないか? という一抹の不安があったからだ。しかし母がそう言うのなら、きっと大丈夫……と、翌日学校に着ていくと、あっさりその日からいじめの標的となり、クラスのほぼ全員が口をきいてくれなくなった。
それで家に帰るなり、母に「お母さんがいいって言ったこのTシャツ着てったら、みんなに無視されたよ。もう、学校に行きたくない」と文句を言った。ところが母は、謎のアルカイックスマイルをたたえながら「ん、そっか。闘ってこい」と、ひとこと言っただけで、私はその日から数ヶ月にわたり、学校でのいじめに遭い続ける羽目になった。
そんな猫沢家で成長した私の“服”に対する基本的な感覚は、相当トチ狂っていたと自覚している。外面と内面に天と地ほどの落差がある猫沢家。内情はグダグダでも、見栄っ張りな彼らが対外的に装う時は、必要以上にビシッとキメる。しかし家の中では、基本的に祖父と父は全裸でいることが多かった。
祖父はトレードマークの白い褌一丁。かなり晩年になって体が弱るまで、祖父のパンツを穿いた姿は見たことがなかった。そして父に関しては風呂上がり後の数時間、完全なる全裸で、娘が年頃になっても一向に気遣う様子も見せず、母が称賛する“バズーカ砲”をぶら下げたまま、何時間でも家の中をうろうろしていた。
その姿を見るたびにホモ・サピエンスという単語が浮かび、もはや父などという社会的立場の役割名も、彼が固有名詞を持った現代人であるという認識も遥か遠くに消え去り、博物館の標本が目の前で動いている感覚でしか、父を見ることができなかった。そんななか、悲劇は起きた。
高校時代のある日、父が山の上に建てた二世帯住宅の新居に、親友のNが遊びに来た。リビングでお茶を飲みながら話をしていた時、その向かいにある風呂場から父の鼻歌が聞こえてきた。一瞬、ヤバいな……とは思ったが、来客についてはもう知っているだろうからわざわざ言わんでも……という私の読みが甘かった。
ガチャ!
突然、リビングのドアが勢いよく開き、そこには生まれたままの父・サピエンスが立っていた。啞然とする私の横にNの姿を捉えた父は、次の瞬間、目にも留まらぬ速さで被っていたヅラをむしりとり、股間に素早くあてがった。プリンセス天功も舌を巻く、まさに華麗なイリュージョン。そして、Nに向かって「いらっしゃい。ゆっくりしてってね」と、気取った口ぶりで言い放ち、それから台所へと消えていった。
“ゆっくりできるワキャナドゥ!!”と、心の中でラップ調に叫んでいた私。ところがNは、のんびりした口調で「エミちゃんのお父さんってさ、アソコの毛がすごいんだね〜」と、こともなげに言って「それでさあ……」と、中断していた話の続きをし始めたではないか。
ふとNの顔を見ると、メガネが外れている……そうなのだ。ど近眼のNがタイミング良くメガネを外している時に父が現れたおかげで、まだうら若き乙女だったNの心に、バズーカ砲のトラウマは植え付けられずに済んだ。彼女の視界に映っていたのは、ぼんやりとした父の輪郭と、股間の剛毛、これだけだった。
それにしてもN……ぼんやりとはいえ、人んちの親の全裸を目撃しても動じない、さすがしょっちゅう猫沢家に出入りしている私の親友! という感心と、ヅラのオールマイティーな使い道の広さに目から鱗であった。
それから両親の、着るものへのお金のかけ方も、非常にバランスが悪かったと記憶している。まだ一家が没落する前だった子ども時代の私の記憶を遡れば、お金がある上に洒落者だった父は、何着も三つ揃いのオーダースーツを持っており、母も地方暮らしのマダムにしては、垢抜けた流行の服に身を包んでいた。
外出先が変わるごとに着替える田舎貴族のようなふたり。ところがこれは、あくまでも見栄と虚構に包まれた外面だけの話だった。
「パジャマが古くなったから、新しいのが欲しい」と頼んだら
私が中学生の頃、着ていたパジャマが古くなって、あちこちに小さなほころびが出来始めたので、ある夜、両親の寝室へ行って「パジャマが古くなったから、新しいのが欲しい」と頼んだ。
ふたりは外国映画に出てくる就寝前の夫婦みたいに、枕をクッション代わりに背中に置いて、上半身を起こしたままそれぞれ本を読んでいた。着ていたパジャマのほころび部分を見せながら「ほら」と、私がアピールすると、ふたりとも読んでいた本をパタリと閉じて、「ふうん……まだまだだな」と父、続いて母が「甘いわね」と、呟いた。
するとまず母が、くるりと私の方へ背中を向けて「お母さんなんか、こう! だから」と、着ているパジャマの背面を見せた。母のパジャマは背中のヨーク部分(背面上部の台形型の切り替え部分)が破れて、布地が下に垂れ下がってごっそり穴が開いていた。するとそれを横で見ていた父が、ワハハと笑って「お母さん、そんなの序の口だろ」と煽った。躍起になった母が「その上! 両脇は、こう!」と万歳すると、脇の下の縫い目が両方ともきれいに裂けて、その裂け目から脇毛がワッサーはみ出ているではないか。それを見届けた父が、待ってましたとばかりに、その最終ヴェールを脱いだ。
「お父さんのは、こうだ!!」
振り返った父のパジャマは背面がぜんぶなかった。まるで「おぼっちゃまくん」に出てくる「びんぼっちゃま」そっくりだったのである。返す言葉もなく突っ立っている私に向かって、「ね? ま、そういうことだから」と母が言って、この話は当然これでおしまいになった。
なぜか当時は、この異様な光景に対しても、なんの疑問も持たず受け流していた自分。しかし、今こうして振り返ると、なぜお金があったくせにパジャマはどうでもよかったのか? とか、あの状態で洗濯して着続けていたというのか!? など、聞いてみたいことが噴出する。
大方の予想では、世間でよく言われる“金持ちのケチ”に父も該当していたので、多分、人様には見せないパジャマには極端にお金をかけていなかったんじゃないかっていう。その後、呉服店のひとり娘は小遣いを貯めて、両親に新品のパジャマを贈った。自分のパジャマは買わずに……っていういい話も、おまけについている。
著者=猫沢エミ
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