リアル・マイケルジャクソン [Vol.37]_1997年、いざヨーロッパツアーへ! ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話~

インフォシーク / 2013年5月16日 17時30分

1996年の勲章、総ラム革のスタッフジャンパー。

夢のような1996年が終わり、新たな年、1997年がスタートした。

今年の5月、HISTORYツアーはいよいよヨーロッパの主要各国に上陸する。ヨーロッパといえば、マイケルファンの強豪(?)がひしめく「本拠地」だ!1995年、N.Yで出会ったファンも、その殆どがヨーロピアンだった。

イギリス、オランダ、ドイツ、フランス…と各国にファンクラブが創設され、そのいくつかは直接マイケルに対面したり、当時L.Aでマイケルのマネジメントを行っていた「MJJプロダクション」の公認をうけて活動していた。(要するに本物のコネがある、ということだ!)

おまけに彼らにとっては言葉の壁もない。マイケルや関係者へのアプローチも当然ながら積極的だ。1996年にまわったアジア・オセアニアとは、まるで状況が違うことが予測できた。

それでもわたしたちは、不思議と不安を感じなかった。去年、マイケルと積み重ねてきた交流が、静かな「自信」となってわたしたちの中に根をはっていた。

「日本人でもやればできる!」あの極寒のN.Yでの経験を経て、たどり着いた心境だった。

ヨーロッパツアーに備えてせっせと資金を貯めながら、会社帰りに3人で待ち合わせては、秋葉原のマニアックなインターネットブース(当時はカフェではない)を利用して海外の情報収集に励んだ。

そして、休みのたびに集まってコンサート用のタレ幕をつくったり、マイケルへの手紙を書きながら、着々と出発の準備を進めていった。

そして、ちょうどその頃マイケルには、人生初の喜ばしい出来事が起きていた。

1997年2月13日、待ちに待った第一子、「プリンス・マイケル・ジャクソン・Jr」が誕生したのである!

のちに、いくつかの厳選したインタビューをうけたマイケルは、「我が子をもつ」という初めての感動について、溢れる喜びと感謝の気持ちを語った。オムツ替えもミルクも寝かしつけも、子育てのなにもかもが新鮮で楽しくてしょうがない様子だった。

そしてそれは、5月からはじまるヨーロッパツアーにも、少なからず影響を与えることとなった。マイケルはプリンスのためにパリのお城に滞在し、ツアーの間、そこから専用ジェット機で直接コンサート会場に向かう、という情報が流れたのだ!

これには、さすがのわたしたちも動揺を隠せなかった。もし、現地のホテルに宿泊しないとしたら、ファンがマイケルに会えるチャンスは殆どない!

96年のさまざまな場面が思い浮かぶ。ヨーロッパの熱狂的ファンに対しては、それ以上のファンサービスを当然のように行うのかと思っていたが、状況は去年よりもずっと厳しいようだ。

ヨーロッパツアーは、5月31日、ドイツのブレーメンからスタートする。注目度を考えても、ここではマイケルはホテルに宿泊して、華々しくファンの前に姿を現すのではないか?

わたしたちは、即断でブレーメンに飛ぶことを決めた!そして、オープニングからそのままドイツとオランダをまわる2週間の旅を計画した。

とにかくマイケルのもとへ行ってみよう!わたしたちの強みは、長年培ってきた「現場力」だ。現地に行けば、リアルタイムで確実な情報を得ることができる。あとのことは、飛んでから考えよう!

こうして約半年ぶりに、わたしたちの旅は再開した。

そして、初のヨーロッパでは、予想以上にハードで想い出深いおっかけの日々が待っていたのだ!

【バックナンバー】リアル・マイケルジャクソン ~おっかけOL3人組とマイケルの交流実話

パリス川口
コピーライター。87年来日時にマイケルのファンとなり、OL時代、同じくOLの友人とともに世界中を追いかける。96年HISTORY TOURを機に、3人は「D-PARTY」(ファミリーの意)と呼ばれ、世界各地でマイケルに会えるようになる。追悼式から3年を経て当時のエピソードを公開。

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