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宗教改革と「海賊国家」 悲劇の島アイルランド その2

Japan In-depth / 2019年6月1日 18時22分

宗教改革と「海賊国家」 悲劇の島アイルランド その2

   林信吾(作家・ジャーナリスト)


林信吾の「西方見聞録」


【まとめ】


・16世紀のイングランドは、名実ともに「海賊国家」だった。


・イングランドのカトリック対峙はアイルランドの悲劇的運命に拍車。


・イングランドは周辺国から信仰と経済活動の面で恨みを買った。


【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=46077でお読み下さい。】


前回、イングランドにおいて国教会が成立し、ローマ法王庁と袂を分かったことから、アイルランドは宗教対立に飲み込まれて行くことになったと述べた。


 


もう少し具体的に述べると、国教会が成立したのは1534年のことで、それ以降、法王庁への忠誠すなわちカトリックの信仰を保ち続けたアイルランドは、イングランドの王家から目の敵にされるようになったのである。


 


もちろん、イングランドにはイングランドの事情というものがあった。この当時、ヨーロッパ大陸においてはスペインの勢力が台頭し、黄金時代と呼ばれていた。具体的には、神聖ローマ帝国皇帝カール5世(1500〜1558)が、ヨーロッパ大陸のほぼ西半分と広大な植民地を領有し、その息子フェリペ2世(1556〜1598)はポルトガル王も兼ねてイベリア半島を統一したのである。


 


このフェリペ2世は、よくも悪くもカトリックの信仰に篤く、「異端者の上に君臨するくらいなら、命を100度失った方がましだ」との言葉まで残している。



写真)フェリペ2世

出典)Antonis Mor


 


もともと神聖ローマ帝国自体、中央で勃興したハプスブルク家が、法王庁の政治・軍事部門を勝手に買って出た、というべき存在で、フェリペ2世はカトリックによるヨーロッパ再統一を真剣に考えていたのだ。


 


このため。同じカトリックの新興を守るポルトガル人に対しては、まことに寛大な当地を実施した反面、法王庁に刃向かった「異端」のイングランドに対しては、「いつか叩きつぶしてやる」と言ってはばからなかった。


念のため述べておくと、信仰だけが両者の対立の原因であったとは見なしがたい。


 


スペインの黄金時代を支えていたのは、中南米の植民地からもたらされる豊富な銀や物産であったが、イングランドはと言えば、王家までが海賊に投資して(!)その交易船を盛んに襲わせていたのである。投資の見返りとして上納金を受け取ったわけだが、その額たるや、当時の国家予算に匹敵したという。


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