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医療の可能性と若手医師育成

Japan In-depth / 2019年6月28日 23時0分

上海はダイナミックだ。意志決定は速く、規模は大きい。上海に足りないのは有為な人材だ。現在、ノウハウを有する人材を求めている。これまで、我々のグループは谷本哲也医師や加藤茂明・ときわ会常磐病院先端医学研究センター長、いわき明星大学教授(元東大分子生物学研究所教授)が中心となって、復旦大学の研究者と共同で『ランセット』のレターなども含め10報以上の学術論文を発表してきた。


最近、加藤教授は復旦大学公共衛生学院の客員教授に就任し、谷本医師と復旦大学との交流は同学院のホームページで紹介された。


5月24~26日まで、我々のチームは復旦大学を訪問した。筆者に加え、谷本、坪倉、森田、嶋田、山本医師、加藤教授も参加した。



▲写真 復旦大学で講演する嶋田裕記医師 出典:著者


先方から「学術論文が着実に出ていることが高く評価された。益々、交流を加速したい」と提案があった。


そこで坪倉医師が提案したのが冒頭の嶋田医師の働き方だ。とりあえずは脳卒中の共同研究から入るが、やがて診療まで拡充させたいと考えている。


上海は近い。東京との所要時間は約3時間。費用は格安航空券を使えば往復で3万円だ。南相馬と東京を往復するのと大差ない。やる気になれば、すぐにでもできる。


超高齢化が進むわが国で、脳外科のような高度先進医療のニーズは急速に減少する。人口減少が進む南相馬はなおさらだ。若手医師が南相馬で働きながら、症例数を積むのはどうすればいいか。私は国内はもちろん東アジアと連携することだと考えている。


冒頭にご紹介したように、現在、我が国では地域の医師不足を解決するため、若手医師を地域に強制派遣する議論が盛り上がっている。私は東日本大震災から8年にわたり浜通りで活動しているが、このようなやり方が上手くいった例をみたことがない。若手医師が派遣されても、その期間が短ければ、職場になれたころに異動となる。少なくとも数年間は腰を落ち着けて活動しなければ、実力はつかないし、研究成果もでない。若手医師も長期的に関わるとなれば、仕事先を本気で考える。坪倉医師をはじめとした若手医師が浜通りで成長できたのは、立谷秀清・相馬市長をはじめとした優秀な方々がいて、彼らを指導してくれたからだ。だからこそ、彼らはこの地で活動を続けている。


ただ、このようなケースは稀だ。僻地医療の議論は、医師数の辻褄合わせで終わることが多い。このことを熟知した大学医局の中には、へき地の病院を不都合な人材を派遣するポストとみなしているところもある。浜通りには何人も前職で問題を起こした医師が派遣されてきた。つい最近も破廉恥行為が発覚し、処分された医師がいた。この医師が勤務する病院長は管理責任を問われて処分されたが、派遣元の教授は頬被りを決め込んでいる。これがへき地の病院の実態だ。


なぜ、このような医師しかこなかったかと言えば、公務員医師の場合には兼業規制が大きいだろう。


嶋田医師は「給料は減らされてもいい。非常勤でもいい。この地域に軸足をおいて、さまざまな経験を積みたい」と言う。彼の理想は、週の前半を南相馬市で、後半を広島と上海で隔週で働くことだ。先だって、及川友好・南相馬市立総合病院長に正式に要望を伝えた。


どうすれば若手医師を育てながら、地域医療を守れるか、既成概念にとらわれず柔軟に考えねばならない。


トップ写真:X線写真(イメージ)出典:Pexels; Pixabay


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