「石原慎太郎さんとの私的な思い出 3」 続:身捨つるほどの祖国はありや 16
Japan In-depth / 2022年4月12日 13時12分
死の直前まで執筆をしていた作家にとって、ネタ切れの作家など想像もつかなかったのだろう。
『天才』の帯広告には、「反田中の急先鋒だった石原が、今なぜ『田中角栄』に惹かれるのか。」とある。まことにそのとおりである。
一読、私は、「ああ、石原さんは自分のことを書いているな」と感じた。
「この今はしきりに彼等に会いたいと思う。思うがとても出来はしない。いま俺の周りには正規の家族以外に誰もいはしない。昔の子分たちも秘書もいはしない。誰もいない。この俺以外には誰もだ。」
という一節である。(194頁)
彼等とは、田中角栄が「二号」との間にもうけた男の子二人と当の「二号」を指す。もちろん脳梗塞で倒れたあとの話である。
私は、大ベストセラーになったこの本のその部分を読みながら、石原さんが自分自身について語っている気がしてならなかった。胸を突かれる思いがした、と言ってもいい。石原さんにも婚姻外の子どもがいると知っていたからである。しかもその名は裕太というではないか。裕次郎と慎太郎を合わせた名前である。石原さんが名づけたのかと思うと、なんとも感慨がある。
石原さんは子どもを認知し20歳まで養育費を毎月20万円送り続けていたという。それはそうだろう。婚姻外であればあるほど、その子どもはいとしい、かわいい。肉親の情である。そのうえ、同じあの石原慎太郎の子どもでありながら、選挙に出ることもなく、テレビに出ることもなく、芸術家として取り上げられることもなかったその男の子が、実の父親としてふびんでならなかったろう。それだけに、いっそうかわいいと思わないではいられなかったはずである。
しかし、天下の石原慎太郎はそれをあからさまに言うことはできない。
「しきりに彼等に会いたいと思う。思うがとても出来はしない。」と、田中角栄の名を借りて、石原慎太郎の心のうちを表現するしかない。小説家の特権である。
石原さんが53歳のときの子どもだという。
そういえば、石原さんが政治の世界では印象的な出会いはなかったと言っているのも、この本のなかだったと、今回改めて読み返して、思い出した。
「自ら選んで参加し、長い年月を費やした政治の世界での他者との印象的な出会いはさして思いあたりはしない。」(216頁)と書いていたのだ。「人間の人生を形づくるものは何といっても他者との出会いに他ならないと思う。」とまで人生について述べている、その直後の部分での表白である。そうなのか、そうだったのか、と私は石原さんらしいと思った。
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