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「石原慎太郎さんとの私的な思い出 3」 続:身捨つるほどの祖国はありや 16

Japan In-depth / 2022年4月12日 13時12分





写真) ロッキード社から200万ドルの賄賂を受け取った罪で4年の懲役を言い渡され、東京地方裁判所を去る田中角栄首相(当時)


出典)Photo by Bettmann/gettyimages 1983/10/12  


石原さんが『火の島』(幻冬舎2 008年刊)を書いている途中、見城さんに頼まれて会社という社会制度の仕組みについて石原さんに何回か説明したことがある。この世には男と女しかいないんだよ、と教えてくれた方への、法人制度の説明である。


なんど説明しても、石原さんは会社について、自然人つまり個人とは別の社会的人格である法人制度、殊にその親子関係、経営と所有などについていま一つ解しかねている様子だった。これほどの頭の切れ味の持ち主が、と不思議な気がした。しまいに私は、「ゲラを見せてくださいよ。そこに手を入れてお返ししますから、それを石原さんの文章にされたらいい」と、大変失礼な、乱暴なことまで言った。


その折りのやりとりでだったか、石原さんの人柄をしめすとっておきの素晴らしい話がある。


私が石原さんのご自宅に電話をかけたときのことである。


「この電話、リビングでとったから、いまから書斎に移動します。あなたとはゆっくりと話したいので。」


と言われて、


「書斎に行くのに少し時間がかかるので、こちらからかけ直します」とおっしゃった。ごく自然な口調だった。


私が、「このままお待ちしますよ」と言っても、「いや、少し時間がかかるから、こちらからかけます」と繰り返し言われた。


石原慎太郎という方は、そういう、とても礼儀正しく、丁寧な、几帳面な、優しい、情理をわきまえられた方だった。


石原邸が、「とても広い家で」「父の書斎、アトリエ、書庫、サロンなど、ほとんどは父だけの為の空間が占めてい」たということは、最近、ご子息の石原延啓氏の『父は最後まで「我」を貫いた』という文章を拝読して、初めて知ったことである。(月刊文藝春秋2022年4月号103頁)


そういえば、石原さんは私の事務所に電話をかけてこられるときも、必ず自分でかけてこられる。さほどの社会的地位にない知り合いでも、なかには秘書にまず電話させて私を電話口に呼び出したうえで、秘書に本人とかわります、と言わせる人間もいる。


しかし、天下の石原慎太郎はそうではなかった。


「石原です」と、いつもの柔らかく包みこむような声が受話器から響く。少しも偉ぶったところなどない。年下の友人に話している感覚である。


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