「石原慎太郎さんとの私的な思い出5」 続:身捨つるほどの祖国はありや 18
Japan In-depth / 2022年6月14日 12時0分
「『龍田君、七十になって見たまえ。昔自分の中にある汚れ、欲望、邪念として押しつぶしたものが、ことごとく生命の滴りだったんだ。そのことが分かるため七十になったようなものだ、命は洩れて失われるよ。生きて、感じて、触って、人間がそこにあると思うことは素晴らしいことなんだ。語って尽きず、言って尽きずさ』
彼は私を脅かすように睨みつけ、やがて私を羨むように目をそらしたし、失われた生そのものを感じてはぎしりするような、怒った顔になった。彼の取り巻きの連中が私に彼をまかせてたちのいている理由も、この老人の、このような激しさにあるようだった。」
(『変容』 299頁 岩波文庫版)
私は『変容』を20代のときに読んだ。
伊藤整の作品を始めて読んだのは大学生のときで、ソニーの7インチしかない小さな白黒テレビで『氾濫』の映画を観てからすぐ後のことだった。映画の『氾濫』は、左幸子と佐分利信が演じていて、男に金を無心する左幸子が、二心をなじられて居直る場面がとても印象的だった。左幸子をとても美しい人だと思った。
それで、さっそく新潮文庫の『氾濫』を買い求めたのだ。
書斎の本棚から古びてしまったその本を取り出して見ると、奥付の上に鉛筆で1971年の2月27日に読み終えたと記載があるから、昭和46年、大学1年のときのことになる。
二度目に読んだのは2003年2月14日とある。なんと54歳になってまた読み返しているようだ。
記録は書いておくもののようだなと改めて思う。
それだけではない。この本は、まだ私にとって一冊々々の本が貴重で、私にも時間があったことを示すように、パラフィン紙で紙の表紙をきれいにくるんである。
私は、ある時期まで、そういう習慣だったのだった。
本は、買って、持って、本棚に飾っておくものだ。つくづくそう思う。
それにしても、どうして間に32年もおいて、また読み返したのだろうか。54歳の私はとても忙しかったはずだ。
きっと、石原さんに違いない。石原さんと伊藤整の話をしたのが2003年の2月14日のすぐ前だったのではないか。そうに違いない。
『変容』の話、石原さんがいかに『変容』を愉しんで読んでいるかを話してくれた後、私が『氾濫』の話を出して、それで自分で懐かしくなったのだろう。あるいは、『氾濫』を書く際に伊藤整が世話になったという奥野健夫の話も出たのかもしれない。映画『氾濫』の話を私はしたかもしれない。しかし、左幸子や佐分利信の事が話題になった記憶はない。あれば覚えている。
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