「石原慎太郎さんとの私的な思い出5」 続:身捨つるほどの祖国はありや 18
Japan In-depth / 2022年6月14日 12時0分
「変な話だけと、牛島信という、不可思議な推理小説家がいるんだよ。これは一番東京で流行っている弁護士なの。だから事件のネタはふんだんに持っている。」と私をさらりと紹介したすぐ後の部分で、
「この間、彼と電話で話して。『伊藤整、読んでみたことある?』と言ったら、『ああ、あります。僕、大好き』と。『何が好き?』と言ったら、『僕は『氾濫』と『変容』が大好きです」と言うからさ、『君、折角面白い素材をもっているのに、あとは意識の襞の問題じゃないか』と言ったんだ。そうしたら『ああ、そうだなあ。こんなこと言われたの、初めてだ』と言ってたけど。』
とある。
しかし、現実には、石原さんは初めっから『変容』を指して、あれはおもしろいよね、読みながら笑っちゃう、と言ったのだ。決して『氾濫』ではない。それは、とても読んでいて愉しいという、読書の愉しみを若い人間にきどらずに教えるという調子だった。『氾濫』について話し始めたのは私だった。
その雑誌での発言は、もともとが座談会での発言なのだが、その私について話す前、伊藤整が話題になった部分で石原さんは、丸谷才一を批判しながら、
「思わず膝を打ったり笑ったりさ、『なるほどそうだよな、お互いに』ってことは、全然ないもの。」と言っている。
そのまさに「思わず膝を打ったり笑ったりさ、『なるほどそうだよな、お互いに』という雰囲気が、石原さんが『変容』について電話をくれたとき、電話器の向こう側の石原さんの息づかいにはあった。(66頁)
ところが、その雑誌のなかでは「僕、伊藤整の『変容』は読んだことなかった。『氾濫』は昔面白かった。けど、今読むともっと面白いね、年ですかね。」と言っている。(68頁)
石原さんは、『変容』を読んでみろ、と私に勧めるためにわざわざ電話をくれたのだ。それが、時系列からいってこの座談会の前であることは、私についての石原さんの発言内容から間違いない。
それなのに、『変容』は読んだことなかった、になってしまっている。
いったいなにがどうしたのか。
なにがなんであったとしても、私には、あのときの石原さんの、いかにも愉しくて、おかしくて、笑わずにはいられないといった調子の声は、私の記憶に残っている。
そうやって石原さんは私の気分を引き立ててくれたのだ、と思い出さずにはいられない。
私は、石原さんは、自分にとって伊藤整がしてくれたことを、私のためにしてやろうと思い定められたのではないかという気がしている。
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