「石原慎太郎さんとの私的な思い出6」続:身捨つるほどの祖国はありや21
Japan In-depth / 2022年8月9日 23時17分
それが、突然ホンコンに帰ると言いだした。
石原さんは、彼女に「『君はこの俺が好きだったのではないのか』と咎めて質す。すると彼女は、いきなり滂沱の涙を流して、『好きよ。この国のどんな男よりもあなたが好きよ。』」と答える。
「『それなら何故だい』
『あなたがこの国の男の誰よりもわがままで芯が強いからよ。あなたみたいな男は、この国にはいないのよ。』
『なら…』
『だから好きになってしまったのよ。でも、そんな自分が憎いのよ。このままだと私は絶対に幸せになれないと思うから離れていくことにしたの』」
その女性が妊娠していて自宅の棚の荷物の片づけの作業の折りに乗っていた脚立から落ちて流産した挿話が挟まれる。もちろん、私は、処女作の『灰色の教室』で美知子というヒロインが流産してしまう原因になった場面を思い出さずにはいられない。
美知子は二階から階段を踏み外して転げ落ち、そのうえ自分の仕事用の切地の固い包みの端で下腹をうって流産してしまうのだ。
その二つの似た話に、ふっと、このY女性のという流産の話は本当なのだろうかと感じてしまう。感じてしまってから、いやまさか、たぶん本当に違いない、ここで虚構を構える理由などありはしないと考え直す。
喫茶店では、「周りには客が立て込んでいて、私たちの様子を詮索して見直すほかの客たちに気付いて、私は彼女を促して席を立ち、別の店を探して連れ込んだ。」(190頁)それはそうだろう。石原慎太郎である。その石原慎太郎が魅力的な女性となにやらいわくありげに話し込んでいるのだ。おまけに女性は涙まで流している。
そのときの石原さんは、ヨットレースのスタートが間近に迫るなかでのやりとりでもあった。
「私にはまだ彼女への未練があった。なんとか今この女を自分のために引き留めたいと願っていた。しかし、その一方、間近に迫っているレースのスタートがあった。」
レースのスタートは2時。
「何時の飛行機だって?」
「六時のキャセイよ」(190頁)
それにしても、と私の苦笑は少し大き目になる。
世間に広く知られた石原慎太郎という男、老年を迎えつつある男が、うら若い女性と人混みの東京駅の喫茶店で別れ話をしている。まわりは、話がなんであれ石原慎太郎という存在に興味津々である。しかも、石原慎太郎のすぐ目の前には、背の高い、気性の激しい女性がすわって話し込んでいる。別れ話だとすぐに気取られてしまう。
だからと、店を替える。
そこには、青年の石原慎太郎がいる。
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