「石原慎太郎さんとの私的な思い出6」続:身捨つるほどの祖国はありや21
Japan In-depth / 2022年8月9日 23時17分
私の学生時代の経験でも、他の客のいる喫茶店の席で向かい合わせに座っている場で、目の前で涙を拭き声を忍んで泣く女性がいるとなると、その女性との話の中身よりも他人の好奇の視線が気になってくるものだ。まして石原慎太郎である。皆、ちらちらとしか目では追っていないふりをしてもダンボの耳になっている。
いったい、店を替わるとき、支払いは石原さんがしたのだろうか。例の、緊張したときの癖で目をパチパチと、レジの店員の前でしばたたかせながらだったのだろうか。私の苦笑が少し大きくならざるを得なかった所以である。
私は、その石原さんの自分への集中、自分のおかれた状況への没入を、なんとも凄いことだと思わずにはいられない。天上天下唯我独尊。
結局、その女性は席を立ち、石原さんはヨットレースに出る。
「立ち去る彼女を見送りながら手元の時計を眺め、なんとかスタートに間に合いそうなのを確かめほっとし、そんな自分をもう一度確かめるように目をつぶってみた。そして自分を慰めるように『しかたねえよな』、呟いていた。
若かったころからの数えることもできないほど同じようなことを重ねてきている。しかし、そのたびごとの、それぞれにある感慨の、それぞれに異なる瞬間。
結局、石原さんはレースに出るには出たが、「突然予期もしていなかった隠れ根にのし上げ、船全体が身震いするほどの衝撃があって激しく傾いた。」(192頁)
そのとき、「激しい衝突の瞬間、高い女の叫び声をはっきりと聞いたのだ。あれはだれの声だ。いや、あれは彼女の声に違いないと一人思った。そして何故か慌てて手元の時計を確かめた。時計の針は彼女の乗り込んだ飛行機が発っていった六時丁度を指していた。“なるほどな”と私は一人で思っていた。」
石原さんは、そうしたことがこの世にあると信じている人だった。
「私は人間の想念なるものの力、そのエネルギーを認めてはいる。…現に私の父は亡くなった時、父の結婚の媒酌をした、すでに高齢の婦人の家を訪れたそうな。彼女が父を家の離れの茶室に招くと父は帽子を脱いで縁先に座って挨拶し、彼女が茶を淹れに母屋に行き戻ってみたら、もうその姿が見えなかったらしい。彼女はその時父の急死を悟り私の家に電話し、東京に駆けつけ不在の母に代わって出た女中から父の急死を聞き取ったという。」(330頁)と書いてもいるのだ。
「だから幽霊なるものは優にあり得るとも思う。」とも。(331頁)
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