「石原さんとの私的思い出7」続:身捨つるほどの祖国はありや22
Japan In-depth / 2022年9月21日 21時0分
なんということか、私はほんの少しも18年前に石原さんに起きたことを考えもしなかったのだ。
石原さんが、そのただ一人の弟の死の間際に、「先生、まだ心臓は動いている」と言った部屋(416頁以下)。「なぜか私は、弟の死についてはこの私こそがその瞬間を正しく彼等に告げてやらなくてはならぬような気がしていてた」がゆえに、「傍らの計器に目を配りながらも、まき子夫人を押し退けるようにしてベッドににじり寄り、顔が触れるほどの間近さで弟の顔を見つめていた」場所。そして、「喘ぎに喘ぎ戦い続けてきた弟の苦し気な表情が次第にゆるんで、そしてある瞬間に今までとははっきりと異なる、信じられぬほど穏やかに安らいだ表情が弟の面を覆っていったのだった」と確認し、その顔を「死とか喪失などではなしに、弟が新しく獲得したものの証しだった」と信じきれた瞬間のあったところ。
そういえば、石原さんが『弟』を出されたのは1996年7月のことだ。私が石原さんに初めてお会いする2年前だった。私が病室で、哀れな入院患者としてお会いする9年前のことになる。
細長いベッドに力なく上を向いて横たわっている私を上から眺め、凝視しながら、石原さんは18年前の一瞬を思いだしていたのかもしれない。裕次郎に比べれば身体の小さい男の寝姿ではあっても、同じ場所なのだ。同じ動きをして、玄関から病室まで移動したのだ。
私はそのことに少しも気づかなかった。うかつといえばうかつ、愚かさにも程があると、いまにして思う。今回、石原慎太郎さんが亡くなられて石原さんとの私的思い出について綴り始めて、改めて石原さんが入院中の私を見舞ってくれたことを思い返し、そうだ、あれは裕次郎さんの思い出の溢れた場所の再訪だったのだ、と初めて気がついた。バカな弟子だった。なんとも申し訳ないことだった。
それにしても石原さんはなぜ私の病気見舞いをしてくれたのだろうか。当時、石原さん72歳。今の私の年齢だ。私だったら、親しい友人から、或る共通の知り合いが病気で入院していると聞いたとして、どんな知り合いだったらわざわざ見舞いに出かける気になるだろうか。あまり思いつかない。それとも、石原さんはその知り合いの男の入院先がたまたま慶応病院と聞いて、弟の裕次郎さんのことを思い出し、18年前に弟が死んだ場所をもう一度訪ねてみようと思いついたのだろうか。
これまでは、見城さんが石原さんを誘ったのだろうと頭から思いこんでいた。しかし、今回あらためて考えてみて、そうではなく、見城さんから私が慶応病院に入院していると聞いて、よし見舞ってやろうじゃないかと石原さんの方から言い出したような気がしてきた。そうではないか。見城さんも忙しい方なのだ。私などを見舞っている暇があるとも思えない。私にこだわる理由があるとすれば、それがどんな理由であれ、石原さんの方にしかあり得ない。
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