平成10年の年賀状①「パリ、レンヌ通りの夏」
Japan In-depth / 2023年4月11日 15時22分
というような私の質問でやりとりは始まったと思う。私は、絵の勉強にパリに来ていましてね、それがパリジェンヌと仲良しになって少しは金を稼ごうということになりまして、といった問答を漠然と予想していた。
そのうちに、日本ではなにをしていたのかという話になった。
「自衛隊にいたんですよ。」
と、少し思いがけない答えだった。パリと元自衛官とはあまりありそうでない取り合わせだと感じたのだ。
「へえ、そうですか。でも、自衛隊っていうのも素晴らしい仕事だと思うんですが、どうしてパリに来ることになったんですか。自衛隊、辞めちゃったんでしょう」
私が問うと、青年はこともなげに、
「自衛隊にいてもつまらなくってね。それでフランスの外人部隊に入ったんです。」
と前を向いてハンドルを握ったまま後部座席に座っている私に向けて、少し大きめの声で答えた。
私は、思わず、
「えっ、外人部隊。あの、フランスの外人部隊。それって危ないんじゃないですか」
驚きを隠さず、質問を重ねた。
「どちらにいらしたんですか」
「ソマリアに」
青年は簡潔に答えてくれた。
「ソマリア!そいつは世界で最も危険な場所の一つなんじゃないですか」
その質問への青年の答えに、私は心底感銘を受けた。
「なにを言ってるんですか。危ないからいいんじゃないですか」
こともなげだ。
「えーっ、でも外人部隊っていうのは実際に戦争をする前線にいるんでしょう。それもソマリア。弾がビュンビュン飛んでくるんでしょう?」
「だから外人部隊に入ったんですよ。自衛隊にいても実弾を使って撃ち合うようなことはできないってわかったんでね。私は実戦の場に身をさらしたかったんです。」
「そうなんですか」
と私は一瞬絶句した。
「弾の飛んでくるとこねえ。そうか、あなたにとっては危ないからいいんですよね。外人部隊なら、そりゃ願ったりかなったりなんでしょうが、でもねえ。」
平和な日本に生まれ育った私には、戦争というものは、仕方なしに出征し戦うものであって、好んで戦場などに赴く人がいるなどと想像することもできなかった。
「でも、こうしてパリでハンドルを握ってらっしゃるってことは無事帰って来られたっていうことだ。ご無事で良かったですね」
と感想を漏らすのが精いっぱいだった。
青年は私の言葉が不満だったのか、
「ここ、見てみてください」
と、運転中のハンドルから片手を放すと自分の髪をかき分けて私に示した。
「ほら、ここ、ヤケドみたいになっているでしょう。ええ、ここです」
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