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平成10年の年賀状①「パリ、レンヌ通りの夏」

Japan In-depth / 2023年4月11日 15時22分

たしかに、長い髪を手で分けた間にヤケドでもしたような、横1センチ足らず、縦3センチくらいの傷跡がはっきりと確認できた。


「これ、ここ、弾玉がかすったときにできた痕なんですよ」


私はまたもや驚いた。そして、素っ頓狂な声で、


「えーっ、それって、あと1センチずれていたら死んでいたっていうことじゃないですか。」


「そうですよ」


こともなげにつぶやくと、青年さんは髪を元にもどし、両手でハンドルを握りなおした。


「いやー、驚いたなあ。私は弁護士をして戦争みたいなことをしているけれど、実際の戦場とはなんの縁もない、安全な仕事です。それを、あなたは、自ら望んで鉄砲の弾が飛び交っているところに飛び込んでいったんですね。


私はしないなあ。いや、恐ろしくてできない、できっこないなあ。フランスの外人部隊ですか。私にはどうにも不思議な話だなあ。」


「そうですか。私は実弾が飛び交うところへ行きたかっただけです。」


「それが、どうにも理解できないんですよ。いや、ごめんなさい。失礼なことを申し上げるつもりはないんです。でも、生まれてから50年近くになるんですが、戦場に行っていましたという方にお会いするのは初めてで。


いや、そうじゃないな。友人のアメリカ人の弁護士、テキサスの人ですけど、ベトナム戦争で戦ったと言っていたのがいましたね。でも、その男はなにか危ない目に遭ったとは聞かなかったなあ。


第一、彼は戦場に行きたかったなんてひとことも言っていなかったしなあ」


この運転手さんとのやり取りは強い印象を私に残した。広い世間には、自ら望んで鉄砲の弾のビュンビュン飛び交う場所に身を置きたいという欲望に駆られ、それを抑えることができない人間がいるのだ。誰もが平和主義者だと頭から決めてかかっては判断を間違えてしまうのかもしれないな、と感じ入ったのだ。現に、20年以上経った今でも、運転手さんの少し長い髪、それを分けて示してくれた手つき、ヤケドのようになって光っている頭皮がくっきりと記憶に残っている。


大げさにいうと、その青年との出会いは私の人生観、世界観を変えたような気がしているのだ。広い世の中には、好んで銃弾の飛び交う場所に身をさらしたい人がいるのだという事実は、私には信じられないことだった。ウクライナへ志願した日本人がいるとニュースで聞いたが、ひょっとしたら彼だったのかもしれない。いま現在も、ウクライナのどこかで、ロシア軍の砲弾が雨あられと降り注ぐ最前線の部隊の指揮を執っているのではないか。そんな気がすることがある。世の中は、まことに広く、人はさまざまという他ない。


(つづく)


トップ写真:ソマリア内戦中、フランス外人部隊の兵士が現地の子供たちにお菓子をあげている様子 1992年12月16日


出典:Photo by Patrick ROBERT/Sygma via Getty Images


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