平成12年の年賀状恵比寿のシャトーレストランでの時間/伊藤整全集のことなど
Japan In-depth / 2023年4月26日 18時0分
依頼者の意向で、取締役会を年に一度パリで開くということが何年も続いた。
私がジョエル・ロブションでランチをともにしたフランス人も取締役だった。彼自身、フランスの巨大な保険会社の国際部門のCEOをした経験があってのコンサルタントだったから、買収計画の開始の時から事実上強いリーダーシップを発揮していた。つい最近も東京に来たので夕食をともにする機会があった。オークラのヌーベルエポックに招待したら、日本酒が飲みたいと言う。それで日本酒を頼むと、ソムリエは自慢のブランドを出してくれた。ところがそれをほんの少し口にするなり、彼は、「これは栓を開けてからもう2週間経っている。だめだ」とそのソムリエに宣告した。そのとおりだった。私は顔見知りのそのソムリエに頼んで、まっさらな未開栓のボトルを持ってきてもらった。グラスから一口だけ口に含み、ご満悦の様子だった。
彼には1997年に初めて会ったのだが、当初は白ワインしか飲まないと公言していたのが、いつの間には和食党になり、日本酒についても大変詳しくなっていた。なにしろ、ロブションのベルギー人のソムリエと一緒になって日本中の酒蔵を回ったというくらい、実際に日本全国の各地に足を運んで熱心に日本酒を探求し、味わっていたのだ。
他人に食事を奢るのがあたかも趣味のような男だった。ニューヨークにアラン・デユカスが出した新しい店がとても美味しかったというので、どのくらい払うものかたずねたら、即座に“I do not care!”と答えた。なんでも、CEO退任時に巨額のストックオプションをもらい、その報酬の管理のためにアドバイザーを雇っているとかで、夜も昼も豊かな生活をエンジョイしていた。”I don‘t want to sleep”というのが口癖で、夜の3時、4時までダンス付きの日本のナイトライフを愉しんでいながら、朝8時からのミーティングを招集したりするのだ。
仕事についても、プライベートなことでも、いろいろなことを教えてもらった。ワインについても、わざわざ紙に舌の絵を描いてみせ、この部分は苦みを感じる、この部分は酸味だと説明してくれた。またある時には、ジョエル・ロブションの2階に私ともう一人アメリカ人の保険数理の専門家と2人を前にし、シャトーラトゥールとマルゴー、それにロートシルトと三種類の赤ワインのボトルを並べて奢ってくれた。しかし、猫に小判とはこのことだろう。3枚の小判。私にはまったくありがたみがわからなかった。いや、ほとんど、だったか。
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