平成12年の年賀状恵比寿のシャトーレストランでの時間/伊藤整全集のことなど
Japan In-depth / 2023年4月26日 18時0分
逆に個人的な相談をされたりもした。大変に日本が気に入ってしまって、そこでの発展家ぶりも余人のうかがい知ることのできないほどだった。恵比寿の或るレストランには、その印として、トイレに女性の書いた彼宛のメッセージが残っていたほどだった。
或る時、昔からの友人のアメリカ人弁護士が彼の仕事ぶりについて、“wild and crazy”な男だそうじゃないかと慨嘆するようにたずねてきたことがあったが、まことに彼に似つかわしい表現だという気がしたものだ。
ところで、私の「単調増加」の生活は変わっただろうか。
そう書いてから24年になる。忙しくなくなった気はまったくしない。弁護士という定年のない職業だから定年どころか退職ということもない。大規模な法律事務所の友人たちは70歳が一つの区切りになっていて、パートナーという立場から顧問という立場に替わるのが当たり前のようだ。しかし、私は中規模の法律事務所であるうえに創業者だから異なる。
第一、毎日忙しいのだ。以前のように弁護士としての仕事以外に、大企業の社外役員の仕事や社団や財団法人それにNPOの理事の仕事が増えている。講演の依頼も多い。新聞などのメディアの方々から取材を受けることも数多い。そのうえ、自ら望んでのテレビのレギュラー番組もある。
もともと「単調増加」と自らの生活を評した時点でも、24時間しかない一日は十分に忙しかったのだ。量的には増加の余地はない。たぶん、質が変わってきているのだろうと思う。いっしょに働いてくれるパートナーやアソシエートに支えられているから、自分で一から手がけることは減っている。しかし、ますます忙しいという主観的な思いは増加している。だからやはり単調増加ということになるのだろう。
そう書いていると、「自分は此儘で人生の下り坂を下っていく。そしてその下り果てた所が死だということを知って居る。」という、鷗外の『妄想』にまた立ち戻る。鷗外は、「若い時には・・・自分の眼前に横たわっている謎を解きたいと、痛切に感じたことがある。その感じが次第に痛切でなくなった。次第に薄らいだ。・・・解こうとしてあせらなくなったのである。」と書いている。
そういえば、私も焦らなくなったような気がする。
なぜだかわからない。いろいろな人を見ていて、結局は死に到るだけだと悟ったということなのかもしれない。
いや、そう簡単に死なせてはくれないだろう。苦しみの果てに死ぬことになる可能性が相当ある。伊藤整の『発掘』を思い出す。
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