平成29年の年賀状
Japan In-depth / 2024年2月16日 21時4分
私にはわからない。74年余り生きてきて、やはり、まだわからない。
日常生活では目先の義務を果たすことを心がけてはいる。鷗外のいう『日の要』ということになる。
しかし、それだけでは生まれてきた甲斐がないような気がしてならないのだ。
結局のところ、鷗外は自らを「永遠なる不平家」と称するほかなかった。「どうしても灰色の鳥を青い鳥に見ることが出来ないのである。」と繰り返すほかなくなってしまった。
その鷗外が『元号考』を最後の作品にしつつ、完成することができないで死んだ。
その死の前後の様子にふさわしい言葉を、まったく鷗外と関係のないイギリスの小説家サマセット・モームがある短編小説のなかにこんなふうに書いている。
主人公は、偶然のきっかけで盛業中だったデトロイトでの弁護士稼業に見切りをつけ、カプリに渡り住んだ男だ。独身だったようだから、カプリに住んだことには性的な理由があったのかもしれない。もしそうなら、モームの性的思考が影響しているのだろう。カプリといえばそういう含意がある。
なんにせよ、その元弁護士はギボンやモムゼンに匹敵するローマ帝国の歴史についての大著作をものして大きな名声を獲得しようと夢見た。モームがこの小説を書いたのは鷗外が死んで10年も経たない1920年代のことである。
「十四年のあいだ、それこそ寸時も休まず刻苦した。かれの手になるメモの数は、とうてい数え切れないほどだった。・・・さて、いよいよ著述にとりかかることになった。じっくり腰をすえて書きはじめた。とたんに、かれは死んだ。」
「かれは生きていたころそうであったように、死んでからも、世間にたいしてはまったく無名な人間なのである。
にもかかわらず、私の眼からみると彼の生涯は成功だった。かれの生き方は、文句なしに完璧な姿なのである。つまり、かれは自分のしたいことをして、決勝点を眼の前に望みながら死んだ。そして、目的が達成されたときの幻滅の悲哀など味わわずにすんだからだ。」(『弁護士メイヒュー』(龍口直太郎訳 新潮文庫『コスモポリタンⅠ』21頁)
そんな小説を壮年時代に書きながら91歳まで長生きしたサマセット・モームは、90歳、まさに最晩年に、お抱え運転手の運転する愛用の古いロールスロイスのなかで、「おれの一生は失敗だった、・・・一生おれはあやまちばかりを犯して来た。みじめな生涯だ。何もかもめちゃくちゃにしてしまった。」と言わなければならなくなってしまった。目的が達成されたときの幻滅の悲哀なのだろうか。
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