「平成30年の年賀状」団塊の世代の物語(2)
Japan In-depth / 2024年3月13日 23時13分
「なぜだ?」
石原さんはほんの少しむきになって質した。
「だって、三島由紀夫は四五歳で腹を切って死んじゃったでしょう。石原さんは六六歳まで生き延びてしまった。もうどうにもならないじゃないですか」
そう答えた私に、石原さんは、
「うるさい。死にたくなったら俺は頭から石油をかぶって死ぬよ」
と返した。
私は、石原さんの三島由紀夫に対する複雑な思いを想像していた。
かたや東大法学部を出て大蔵官僚になってみせ、あげくに作家になった男、石原さんは一橋大学に入って人気作家に躍り出たうえに政治家にもなって、そして辞めてしまった男。」(『我が師 石原慎太郎』幻冬舎 14頁)
この本を出してから、どうして私が石原さんの期待に添わなかったのかとよくきかれる。答はこの本のなかに書いているつもりだが、それでも、自分で自分に問いを繰り返すことがある。
なぜ?
もっと不思議なのは、そのくせ未だ書きつづけていることだ。
福田和也さんが石原さんについて書いている。(『保守とは横丁の蕎麦屋を守ることである』河出書房新社 2023 86頁)
「もう一つ、石原さんを語る上で欠かせないのが、その高名さだ。
作家にして知識人、政治家であり、その上、裕次郎の兄である石原さんは、二十三歳でデビューして以来、初めて会う相手に自己紹介をする必要がなかったのではないだろうか。
自分は相手を知らないけれど、相手は自分を知っている。それだけ高名であることはアドバンテージであると同時に、重荷であったに違いない。
ボードレールが十九世紀半ばに喝破したように、現代は「群衆」の時代だ。
都市の街頭で名もない群衆の一人となる。群衆に埋没し、顔と名前のない存在になることで、人目を気にせず、流れに流され、ささやかな享楽や一時の興奮に我を忘れる自由を満喫できる。
ところが、石原さんにはその自由がない。彼は群衆の中に埋没することができず、常に人ごみの中で、一人その存在を際立ててしまう。」
しかし、その「初めて会う相手に自己紹介をする必要がなかったのではないだろうか」という部分は、福田氏の贔屓の引き倒しではないかという気がする。
「自己紹介する必要のない」人間は世の中にたくさんいるからだ。
私は、40年以上前に河本敏夫という自民党の派閥の長だった方にお会いした。そのとき、河本敏夫という氏名以外に、裏にも表にもなにも印刷されていない名刺をいただいた。へえ、と感心した。
だいいち、石原裕次郎が一番いい例ではないか。石原慎太郎は、都知事選挙にでると決心した直後の外国人記者クラブでの記者会見で「石原裕次郎の兄です」と冒頭に自己紹介した。もちろん目の前にいる人々は誰もが石原慎太郎だと知っている。それでも「石原裕次郎の兄です」と言わずにおれなかったのには、石原さんなりの複雑な心境があったのではないか。話を文壇に限れば石原さんはとんでもなく著名だったが、それ以外の世界で作家石原慎太郎がどのくらい高名だったかは対象の人と場合によるだろう。
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