「平成30年の年賀状」団塊の世代の物語(2)
Japan In-depth / 2024年3月13日 23時13分
弁護士である私にとっては、それは「失われた30年」にもかかわらず、文字どおり真実だった。
だから、『団塊の世代の物語』を書くのである。
「団塊の世代の物語(2)」
大木が事務所で人に会うときには、事前に日時を約束する。例外はない。
いつのころからか、「先生、いますかあ」といいながらとつぜん事務所の玄関に見知った人がたずねてくる。時間があれば当たり前のように二人で話しこむ、といったことは起こらなくなってしまった。ああ、あの人が来たときが最後かな、という思いだす人物がいる。あの人はいつもそうやって訪ねてきては駄弁に時間をすごしたものだった。もう何十年も会っていない。
そうだった。ずっと昔にはそういうことがあったのだ。いまはまったくない。時勢ということなのだろう。
だいいち、今では、大木の事務所のあるビルに入るには、事前に事務所から出したデジタルの予約証明が必要になってしまった。それがなければ1階のエレベータホールに入ることもできない。
「先生、岩本さんという女性の方が『大木先生にお会いしたい』と下に見えていらっしゃるそうです。ビルの受付の方から連絡がありました」
ガラス越しに4メール離れたところにいる秘書が電話で教えてくれた。コロナ以来、秘書とも電話で話すことが多い。コロナの流行したときも大木は事務所への出勤を一日としてやめたことはなかった。それでも自分の部屋のドアを閉めているようにはしていたのだ。いまもその習慣のままになっているといったところか。
「え、岩本さんが?」
驚きはしなかった。事務所に会いにくる話にはなっていたのだ。彼女にしてみれば、貰った名刺の場所にいってみたら門前払いをくらったといったところか。広島に住んでいる74歳の女性にとって、知り合いを訪ねるのに予めデジタルで受付許可が必要だとは想像しにくいのかもしれない。もっとも、彼女は広島の中堅の不動産開発会社の専務さんなのだから、そうした設備についても知識があっても不思議ないのだが。そもそも大木が日本にいるとは限らないとは考えなかったのだろうか。
「すぐに大木が1階へお迎えに上がりますから、そこでそのままお待ちくださるようにってご案内くださるように、ビルの受付の女性に頼んでおいて」
秘書は、ハイといつものように事務的にしっかりとこたえた。
大木が自らビルの1階まで迎えに行くとなればビルの管理者にとってはすこしおおごとに見えるだろう、きっと大事な訪問者なのだろうとおもうにちがいない。それはそれでいい。まさにそのとおりなのだから。そう思いながら下りのエレベータに乗った。
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