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「平成30年の年賀状」団塊の世代の物語(2)

Japan In-depth / 2024年3月13日 23時13分

彼女とならんでエレベータの前にたつ。エレベータのドアがホールの両側に7個ならんでいる。どれも同じく1階から15階まで用のエレベータなのだ。





エレベータのボタンを押すとエレベータの上に小さな灯りがついて音がする。そのエレベータボックスの前に立つとすぐにドアが開く。先に岩本英子を入れ、大木が12という数字のボタンにふれるとスムーズに動き始めた。





エレベータのドアを出ると、左に左右観音開きの全面ガラスに黒い鉄枠がはめられたドアが待っている。左手で左側の扉の長い握りを押して開けようすると、一瞬、ガラスの角度でなかの照明が十字架の形になって全面ガラスのドアに映る。それを英子に、見てごらんとでもいうように指ししめした。英子が視線を移すと、すぐに映像は消えてしまった。





だだっ広い玄関スペース。50畳はある。小さな法律事務所だったら全体がすっぽりと入ってしまう大きさだ。床には真珠色のイタリア産大理石ペルリーノホワイトが貼られている。右奥に目をやると、大きな円形のカーブの脚とひじ掛けでひと目でそれとわかるバルセロナ・チェアが三脚並んでいる。大木の注文で濃い緑色の革が張られたものだ。この事務所の内装をした2008年には大木もそんなことにこだわっていたのだ。リーマンショックの直前に完成したエントランスだった。





法律事務所はエントランスが大事だということは、大木は弁護士になって所属したアンダーソン・毛利・ラビノウィッツ法律事務所のエントランスで学習済みだった。大木自身、以前共同して事務所を経営するようになったときにあらためてその価値を思い知った。弁護士は中身も大切だが、外見も大事なのだ。なによりも、訪ねてくる依頼者が「ここの弁護士たちは自分の仲間だ」と了解するような雰囲気が必要なのだ。





こうしてイタリア産大理石は小学生のとき修学旅行で秋吉台に行ったことを思いださせる。あのときに買った黒と白の流れるような模様をした大理石の文鎮は、現地で土産に買っていらい63年間、大木の手元にある。3センチと4センチの四角い棒で12、3センチの長さだ。中央部の一端が欠けてはいても、そのまま使い続けている。いつ欠けたのだったか、もうわからないほど昔のことだ。そのまま毎日のように使っている。





あの秋吉台には岩本英子もいたのだ。そう思い返すだけで、修学旅行中に英子と話した記憶はない。だが、確かに英子はあの場所にいた。大木は英子が同じ場所にいること、おなじ旅館に泊まっていることを間違いなく意識していた。あそこにいる、あちらに歩いていくと姿が目にはいるたびに気にかかっていたはずだ。





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