「平成30年の年賀状」団塊の世代の物語(2)
Japan In-depth / 2024年3月13日 23時13分
「外部のくせに」
そう英子は、たしかに63年前に大木に向かって、ののしるようになじったことがあった。幟町小学校の木造だった時代の校舎にあった5年松組の教室での短いやりとり。なにがきっかけだったのかはもうおぼえていない。ただ、英子がそう11歳の大木少年に向かって吐き捨てるような鋭い叱責の声を投げつけたことは確かだ。ずっと記憶している。
投げつけられたときの驚きと憤り。そして、そのとおりだという大木の心の奥底での納得。未だ東京の小学校から転校してきてから何カ月も経っていなかった。大木の父親のための社宅が改装が終わっていないからと、近郊の府中町にあった広い庭のある旧式の屋敷に移り住んだ。立派な玄関のあるたたずまいは、東京時代の鉄筋3Kのせまいアパートからは別の世界のようだった。ただし、便所がくみとり式なのには、こどもながらなかなか慣れることができなかった。
大木は広島に来た当初から幟町小学校に転校した。いずれ幟町にある社宅の改装が終わり次第、そこに引き移れば幟町小学校の学区内ということになるという事情があった。府中町の邸宅からはバスで通学しなくてはならなかった。
大木の両親にとっては当然の措置だった。田舎の小学校などに転入させることなど考えることもできなかったはずだ。大木の中学進学という大きな課題があったからだ。
自分たちの次男坊は東大に入れずにはおかない。そのためには東大にたくさんの人数が合格している高校に入れなくては話にならない。そうした高校は広島には3つしかない。フゾクと呼ばれていた中高一貫の国立広島大学教育学部附属中学校がベスト。さらに二つ、私立の中高一貫校が二つ。広島学院と修道という名の名門があった。その三つのどれかに入るためには、都心にある幟町小学校にできるだけ早い段階で入れておく必要があったのだ。
大木のように、学区外から将来の一流中学進学のために幟町小学校に通っている少年はクラスになん人かいた。どの少年も「外部」と呼ばれていた。公立小学校の定められた区域の外側から通っている子どもたちのことだ。知り合いの家に仮の住所を定めて、幟町小学校に在学するのだ。寄留という言葉を大木は母親から聞いていた。
英子はそうした世の中の風潮を嫌っていたのだろう。なぜかは大木にはわからない。英子の自宅は小学校からほんの数分のところにある小さな靴屋だった。だから、英子のあの言葉には一定の普遍性があったのだと今の大木は考える。
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