「令和3年の年賀状」団塊の世代の物語(5)
Japan In-depth / 2024年6月12日 19時0分
本を読む。机に向かってすわって読み、ベッドに横になって読む。肉体の老いを感じさせられる機会はそこには存在しない。したがって自覚が遅かったのだろう。「50年以上もの間、そういう人間として暮らして来た」のだから、考えて見ればそれはそれで結構なことだったのだと、つくづく思わないではいられない。
そうなると、この新しい世界は「住めば都」なのだろうか。
「ひと気のない朝のオフィスで取りだす鍵の冷たい感触」もまた、いずれ慣れてしまってアクビがでることだろう。あのことにも慣れ、あのやり方にもなじんでしまえば、どれもこれも、あってもなくても、同じということになる。
だから、本当は「住めば都」ではないのだろう。
無理無体に、無残にも引き剝がされてしまった昔の生活こそが都に住む生活だったのだのではなかったのか。
もう、ない、なくなってしまった。
我と我が手でそいつを縊り殺してしまった。「生き続けるために必要で、健康のためと自ら納得して」だったのだろう。そのつもりだった。だからこそ、いまこうして文章をつづることもできているというものだ。
「この国に生まれ、たぶんこの国で死ぬ。」「未来の人々への恩返し」
そんなことを、どうして思いついたのか。思ったことを書いたのだろうが、本当は違ったのではないか。もしそうなら、早く訂正しておかないと時間がなくなってしまうではないか。
そのとおり。
「焦りはありません」どころか、焦りが心のうちで音を立てて逆巻いている。消えてしまう一瞬いっしゅんの人生の刻。時間が身体から、皮膚から、確実にぼろぼろと剥がれ落ち、離れてゆく感覚が感じられる。
これが年の功、ということになるのか。
それを感じるために、これまで生きていたということなのか。
なんとも皮肉な話ではないか。
これは、まるで少年が性のめざめにおののいているようなものじゃないか。
性ならぬ、死のめざめとでもいうべきもの。
そこに、いやまだ20年は行けると自分に言い聞かせている自分がいる。滑稽な物語を織っている男がいる。20年前はこうだったと思い出しては、あれから経った時間だけが未だ消化されないままに、そっくり残っているのだと自ら慰めている。
本気なのだろうか。
このシリーズは、年賀状を振り返ってはその時その時の自分を思い返してみようとおもって始めたことだった。
『舞踏会の手帖』という映画があった。初めての舞踏会で出逢った男たちを20年後、夫に先立たれた女性が訪ね歩くという映画だった。石原さんに、その映画のタイトルにも触れた同じ趣向の小説があった。
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