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「令和3年の年賀状」団塊の世代の物語(5)

Japan In-depth / 2024年6月12日 19時0分

大木がエスプレッソを飲むようになったころのことを思いだしていると、つかの間の沈黙を破るように、英子が低い声で、しかし断固とした調子で話しかけた。





「大木先生、どうしてもお願いがあるんです。」





「はい」





大木が、謎解きでもするように英子の瞳をのぞき込んで言い返すと、英子が、





「私を、三津野さんにご紹介ください。」と、短い言葉を、しかし強く投げだした。





「え?」





大木は薄茶色のシナモン・スティックでゆっくりとコーヒー椀をかきまわしながら、半ば顔をあげて英子にむかって、





「三津野さんにって。どうしてまた」と低い声でたずねた。謎はとけない。





英子の二つの目は大木の顔のさらに向こう側、部屋の壁に突き刺さっている。人の目ともおもえない静けさをたたえている。





両の目から壁までの強く張られた視線になにかをぶらさげることができそうだな。大木の頭に脈絡のない想像が浮かんだ。目は歳をとらない。





三津野のことならよく知っている。大木だけではない。世間に広く知られた存在だ。不動産業に携わっている人間なら知らない者はない。それだけではない。三津野はそれ以上に、自分の会社の女性社員への熱心な取り組みでも世の中に評価されている存在だ。77歳。団塊の世代の最初の年に生まれている。すでに旭日大綬章を受けてもいる。





それ以上に、三津野はなんとも格好がいい、男性としてのオーラがあふれている。その長身と豊かで黒々とした頭髪ゆえに、テレビに出るようになってからの石原裕次郎みたいだという人も多い。外観だけではない。さわやかな雰囲気を漂わせ、グレン・チェックのダブルのスーツを小粋に着こなしているところが、多くの男性にとっては憧れの的なのだ。もちろん、女性にとっても同じことである。





大木は三津野のことを人前でもいつも「私の恩人です」と呼んでいる。本当にそうなのだ。大木が顧問弁護士をしていたある巨大な会社で大木を非難する騒ぎがあったことがあった。なんの根拠もない、会社内での派閥闘争にからんでの争いで、何通もの怪文書も出回ったのだが、すぐに収まってしまった。後になってから、社外役員だった三津野が役員会でその騒ぎを見事に鎮めてくれたのだと伝え聞いた。大木は、敢えて三津野に対してその件を口にはしなかったが、以来、大木は三津野を人生の恩人だとずっと思って深く感謝し続けているのだ。





「三津野さんにお会いしたいんです。」





「そりゃそうだろうね、そんな怖い顔して、紹介してくれっておっしゃっているくらいだから」





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