「令和3年の年賀状」団塊の世代の物語(5)
Japan In-depth / 2024年6月12日 19時0分
とにかくカッコいい。背が高く、大木よりも2歳年上だが、髪も豊かで、話しながら髪をかき上げ、なんどもなでつけるのが癖だった。
亡くなる前の、『太陽にほえろ!』の七曲署の藤堂係長だった時代の石原裕次郎のよう、というのが周囲の人間のもっぱらの評価だった。
だが、三津野の晴れの受勲のときに妻はいなかった。妻がいればいっしょに天皇陛下に拝謁すべく皇居にいったはずだった。三津野が独りで皇居をおとずれたときには、もう妻がいなくなって5年が経っていた。小柄で、いつも三津野のことばかり考えている、そんな女性だった。会社に入ってすぐに知り合った。そして、しばらく逢瀬を重ねて、結婚を申し込んだときにはお互いの肉体をむさぼり合う関係になっていた。結婚する直前、三津野はもう出口はひとつだなと思い定めて妻になる女性と性関係を重ねた。三津野は彼女にとっての初めての男性だった。少しおどろいたが、彼女らしいという気がしていっそう可愛さが募った。
これも三津野本人から聞いたことだった。
一柳恵子という名のその女性は広島の出身で東京では一人住まいだったから、彼女の大森の小さなマンションを訪ねれば、いつも二人きりだった。要するに、三津野にとって彼女はとても都合のよい暮らしをしている女性だったということだ。初めは、訪ね、泊まると三津野のワイシャツを洗って夜のうちにアイロンをかけて乾かしてくれた。彼女が買い置きにしていたサントリーのVSOPを三津野は当たり前のように好きなだけ飲んだ。丸いブランディ―グラスを空ける三津野に、いいのみっぷりね、と恵子はいつも微笑んでくれるのだ。そして、ボトルは必ず補充されている。
そのうちに三津野の下着を恵子がマンションに買いおいておくようになり、それに靴下とワイシャツが続き、最後にはスーツが狭い洋服かけに納まった。スーツは三津野が自分の家から出張用のガーメントケースに入れて持ってきた。まだ三津野がワイシャツを恵子の家に置いておくようになる前には、恵子は深夜、三津野のワイシャツを洗いアイロンをかけてくれた。
三津野が教えたとおりに恵子は性を学び、その分野ではとても成績の良い生徒だった。3度目くらいまで出血があったが、ひと月もすれば性の悦びを感じるようになり、初めは自分の変化を隠していたが、そのうちに恥ずかしがりながらも積極的に応じる態で応えるようになった。好ましい変化だと三津野は思った。三津野にとっては初めての経験ではない。もちろん恵子にそんなことは言いはしない。
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