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「令和3年の年賀状」団塊の世代の物語(5)

Japan In-depth / 2024年6月12日 19時0分

「高校のときの先輩なんです。





茶道部の2年先輩で、男子も女子も、みんなの憧れの部長だった方。





茶道部には夏の合宿があったり、正月には初釜があったり。三津野さんの指揮で、まるで茶道部全体が魔法にかかったように滑らかに、愉しく動くの。





でも、三津野さん、私のことは頭からこども扱いして、同じ学年で生徒会の役員をいっしょにやっていた女性とばかり話していたの」





テーブルに置いた両手に力をこめると、一瞬とおくをながめるように息を飲みこみ、とぎれることなく続けた。





「それから東大に入られて、不動産会社に入られたっていうことは同級生に聞いていました。





雑誌でも新聞でもよくお見掛けするようになったのは30年くらい前からかしら。





社長になられて、私、同じ不動産の世界でも天と地の方に遠い世界の方になられてしまったんだなあと思っていました。」





かるい溜息がはさまった。





「でも、私、決めたんです。





いましなければ、もう永遠にない。





あなたに同窓会であったのは神様が導いてくださったから。私、そう思っている。





あなたにあそこで会わなかったら、三津野さんにお会いしようなんて思わないで死んでしまったと思う。





でも、私、決めたの。





もう男の人に出遇うのは嫌。出遇いっていうでしょ、あの漢字、私きらい。





私は私の方から、出会いを造って、それをつかみ取りたい。





だからあなたにお願いすることにしたの、三津野さんにどうしてもお会いしたいんです、って」





大木は英子を見すえると、「なんだか、とっても淡い、甘美でロマンティックな話だね。高校以来っていうと59年前だね。





茶道部かあ。僕の高校にもあったよ。素敵な男性の先輩がいたのもおんなじだ。その人、後になって僕に大きな幸運を授けてくれた。





あなた、59年まえに三津野さんに会ったことがあって、で、いまどうしても彼に会いたいってわけだ。





74歳の女性が77歳の男に会いたい、59年まえ、女性が15歳のとき、男が18歳の時いらいの出逢い。それをつかみ取りたい、か。」





大木は、74歳の女性が77歳の男性に59年ぶりに会いたいと言っている、その事実に単純に感動した。





「きっと三津野さんはあなたのこと、よーくおぼえているよ。僕も男だからわかる。男って、そういうものだよ。過ぎ去ってしまった59年間なんて存在しないも同然さ。」





大木は自分がしゃべればしゃべるほど、未練を抱いている気がしてならない。ただ紹介すればいいじゃないか、と自分でも思う。でも、しゃべりたい。





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