「令和5年の年賀状」団塊の世代の物語(7)
Japan In-depth / 2024年8月16日 23時5分
ごめん、その寝台列車に乗っていた大学生だったときのことを話そうとしていたんだ。
上と下だったか、向かいだったかに女子大学生が独りで乗っていた。その彼女に僕は当然のように話しかけたってわけだ。
思いだしてみると、そのころから僕はちっとも変わってないな。誰にでも、しらない人でも話しかける。物怖じしない。
寝台列車の構造、おぼえている?
車体の幅の3分の2くらいが寝台で、ま、進行方向と90度だから体が真横に運ばれていくんだ。こうして話していても、夜の寝台車の独特の雰囲気、真っ暗だった車窓がカーテン越しに一瞬少し明るくなることがある。どこかの駅を通過しているんだな。特急だし、寝台だからどこにも停まらないのさ。
車体の残り3分の1が通路だ。まっすぐ進行方向と平行して、狭くて長いながい通路があるってわけだ。
そして、その通路のところどころ、寝台の向かい合っている箇所ごとに、小さな折り畳み式の、板切れ一枚ぬい薄いクッションを貼っただけの腰掛が壁についている。通路側の外に開いた大きな窓のすぐ下だ。その女子大生と二人、そこに交代で座っていろいろな話をしていた。
しばらく時間が経つと「うるさい、眠れないじゃないか」と他のお客さんに怒られてしまった。「済みませんでした」と素直に謝って、二人は車両の連結部分ちかくのデッキに移動したんだ。
彼女は神戸の東灘区に実家があったから、僕が京都に住んでいる兄のところへ寄ったおりなどは、二人で京都の街を散策したものだった。
いや、あのころはちゃんとした恋人がいたんだけどね。でも、彼女との時間はそれとは別の臭いがした。性的な匂いはほとんでしない。いっしょに歩いているとき手をつないだりしただろうか。思い出せない。たぶん、つないだことないんだ。やあ、いまさらながらこいつは驚いたな。
或る夜、京都に土地勘のある彼女は、僕を導くように夜の京都の街中の小さな路地を選びながら先に立って急ぎ足に歩いた。男は京都の地理はほとんど知らない。緑のなかを鮮やかな朱色に塗られた八坂神社を経て南禅寺の近くまで行き、彼女の先導で三階建てのビルの地下にあるサパークラブのようなところに入った。そこで彼女は僕にインクラインという言葉と蹴上という地名を教えてくれた。その店で彼女はサントリーのオールドのオンザロック、未だ凍っていないで穴が開いたままの氷で割ったウイスキーを飲み、まだ酒を飲む習慣のなかった僕はコーラを飲んだ。勘定は僕が払った。
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