「令和5年の年賀状」団塊の世代の物語(7)
Japan In-depth / 2024年8月16日 23時5分
僕がそう塞ぐように言うと、
『ううん、あなたの勲章よ。だから、どんな色で、どんなデザインか、細かいことをみんな教えてちょうだい。ついでに、どうしてその勲章を捨てたのかも』と来たんだ。
英子さんて、すてきだろう。そんな女性、いないんじゃないか。
で、「わかった」といって、アナゴの白黒を摘むとぐっと冷えたノンアルコールを流し込んで、語ったのさ。」
「アナゴの白黒ってなんですか」
「ああ、あの店のアナゴはとってもうまい。で、アナゴをたれと塩とで食べるのさ。一貫を二つに切ってもらって」
「へえ、それで白黒」
「ああ、あそこではシャコもあればそうしてもらう。大きなシャコを出してくれたら、これも白黒だ」
「で、勲章の大きさと長さ、色、それにデザインの話にもどりませんか」
「それで、昔の恋を思いだしながら話した。どうしてそんな気になったのか。やっぱり英子さんが知りたいと迫ったからだな。男ってのはどうしたって花の女王の要求には逆らえないよ、なあ大木先生。先生も男ならわかるだろう」
「まあ、そんなもんですかね」
ふだんの三津野なら大木のそうした物言いを聞き逃さない。「そんなもんじゃない、はないだろう、先生、どっちかはっきりしろよ、弁護士なんだろ」と来る。
だが、今日は違う。三津野は自分がしゃべりたくてしかたがないのだ。
「で、だ。申し上げましたよ、勲章の色、デザイン。そのうち数まできかれちゃってね」
「でも数はうまくごまかした」
「ああ、そりゃあな」
三津野は目のまえのシャブリのグランクリュを見つめてしばらく黙り込んだ。
大木は人間というものの不思議さを改めて思い知らされる気がする。
眼のまえの三津野慎一は不動産業界の大立者であるばかりか、日本のビジネス世界で5本の指に入る男だった。それが、74歳の女性の話を大木にしたくて自ら携帯で大木を呼び出して、目の前のまるいワイングラスにじっと見とれている。
「さあ、お話しなさい」
英子さんに急かされちゃってね。
「はい、はい」って茶化すと、
「はい、は一度だけです」ときた。で、
「はい、って妙に素直に英子さんに答えることになっちゃったんだな。そして、57年前の恋の物語を不器用な手で紡ぎ始めたってわけだ。昔を今に返すよしもがな、ってとこかな」
あの話に違いなかった。
大木は三津野が英子にした話を知っている。三津野本人から聞いたのだ。未だ東大の学生だったころのことだ。
「でも、僕は言ったんだ。私は私の話をしますけど、でも、私のが一つ終わったら、次はあなたの番ですよ。あなたはあなたの恋物語の巻物を広げるんですからね。ながーい、ながーい巻物」
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