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「令和5年の年賀状」団塊の世代の物語(7)

Japan In-depth / 2024年8月16日 23時5分

英子さんの心のなかには『妬けちゃう』どころか、嫉妬の炎がばあーっと燃え上がったんじゃないかな」





「先生、なに言ってんの。それって59年前のことだよ。しかも、僕は『縁のない人、しらない人になっちゃって、わかんないよ』って説明したんだよ。ほんとだもの。それがどうしてそうなっちゃうのさ」





「三津野さん、今、この瞬間、生きてるのが愉しくってしかたがないでしょう。」





大木が話の向きを変えると、





「え?やっぱりわかっちゃうかなあ」





三津野は嬉しそうに微笑んだ。その微笑が有能なビジネスマンの顔に浮かぶものとは全く違っている。恋を初めてした少年のようなあどけなさがふっと浮かび上がるのだ。





「そりゃわかりますよ。だって、いつもの三津野さんじゃないもの。滝野川不動産の会長の顔じゃないですよ」





「へえ、そうかい。そうだろうね。





いつもの僕だったら、女性相手にあんなに一生懸命しゃべらない。もうそんな習慣はとっくになくなってる。それどころか、ちかごろじゃ男相手だってこちらが努力して喋るのがめんどうになりかかっているんだからなあ。」





「それが英子さんだと違う」





「そうなんだよ」





これまで目にしたことのない三津野の表情だった。もともと柔和な丸顔ではあったが、目じりの下がり具合が違うとでもいうのか、遠くを眺めているようだというのか、いずれにしても両目のまわりの微細な筋肉の動き、緊張とその弛緩なのだろうが、大木の心までほのぼのとした思いに満たされてくる。





「いやー、先生、おかしいんだ。





英子さんと話していると英子さんの心にはおかまいなしに、僕の口はとまらない。どうしちゃったのかな。自分でもわからない。





余計なことを言ったよ。





5年前に亡くなった女房とは、会社に入ってすぐに知り合ったって、先生知っているよね。





その話がつい出ちゃった。そのころ会社の友人たちと小さなヨットを買っててね、それに恵子を誘ったなんてしゃべっちゃって。会社に入って2年くらい経った年の夏だったけな、とか。」





「余計なことを。でも三津野さんらしいですがね」





「そうなんだ。





そしたら、英子さん、





『イヤッ!





でも、教えて。結局、私が手に入れることになる男、あなたの過去の数々の恋物語の一つだもの。何もかも知りたい。私がつかみとってる男は、ばかみたいに女との恋の勲章をたくさんぶら下げた男に決まってる』





「いろいろな女性との恋があったな。でもあんなものが勲章なのかい。





わかんないけど、どうかな、やっぱ違うんじゃないか」





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