元総会屋が語る恐怖時代と現在、クレーマー対処方法

TABLO / 2014年11月3日 18時5分

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 総会屋とは企業の株主総会をめぐり色々活躍する人間の総称である。しかし、1981年(昭和56年)の商法改正により総会屋の殆どは途絶えた。この商法改正とはどんなものであったのか。

 まず大きかったのは「単位株制度の導入」だ。かつては端株で企業にプレッシャーをかけていたが、それが一切できなくなった。以前は1株でも議決権を持てていたのが、無効化されたのだ。

 それと「利益供与禁止制度」は多くの総会屋を追い詰めた。これは総会屋に金を渡した企業の担当者も刑事罰を受ける事態になった。この制度が1982年(昭和57年)から施行され、一気に総会屋は勢いを失っていく。当時暗躍していた、元総会屋の男性に話を聞くことができた。

――商法改正が大きな転機になった?

「それは間違いない。あれを機にみんな一斉に手を引いた。問題は企業に対しての"辞め方"だった。最後にどうやってカネを引っ張るか。できるだけ多くの企業から手切れ金を貰うに限ると」

――それまでは、どの位の企業からカネを引き出したのか。

「最盛期は500社以上。一社数万円でもこれだけあれば相当な額になる。それも毎月、なんらかの形で契約しているから確実だった」

――当時の総会屋の印象は。

「一時期は関西弁と広島弁ばかりだった。信じられないだろうけど、標準語だと総会で声が通らなかったから、関東の人間でも関西弁覚えたりもした」

――総会屋として、どのようにして大企業に食いついたのか。

「初めは先輩の総会屋と一緒に企業を回った。つまり、紹介という形で。そうなると、どの企業も『君にも賛助金を出すから名刺の裏にでも領収書を書いてくれ』となった。初めはそんなスタートだった」

――それから企業回りを?

「一度紹介されてカネを引き出したら、その後はどう毎月継続させるかを考えた。もちろん、個人的にはかなり勉強したつもり。とくに法律と経理に関しては六法全書読んだり、企業の決算書を読めるようにしたり。そのあたりは苦労はしている」

――では、そういった大企業は"どんな人間"に金を出すのか。それは肩書きなのか。それとも"ある筋"の紹介とか。

「いや、そんなのは一切いらない。一言で言ったら"面倒臭い人間"ということになる。たとえば上場企業の場合、公開されている決算書を細かく調べて、突っ込めるポイントを探す。役員のスキャンダルを告発してもいい。企業を責める手段として、怪文書や雑誌、ミニコミ紙を使うこともあった」

ーー今でいう、「クレーマー」のようなものか。

「近いけど、立場的には消費者ではなく、あくまで"株主"としてモノを言う。株主が会社にモノを言うのは当然の権利だから。あくまで商法改正前までは」

――元総会屋として、「クレーマー対応」にアドバイスがあれば。

「自分が言うのもおこがましいが、企業はイチャモンに詫びを入れたらダメだ。理不尽な要求には絶対に屈しないこと。それと必ず複数で事務的に対処すること。あくまで事務的にというのがポイント。それと実は企業側に落ち度があった場合は、『お客様の声は真摯に受け止めて』とあくまでも謝罪せずに対処することだろう」

ーーそれでもクレーマーが引かない場合もある。

「相手が本当に質悪い場合はわざと隙を見せればいい。通報できるタイミングを常に計ること。威力業務妨害になりそうな行為を誘い出すのも手だろう」

ーー現在はどうしているのか。

「総会屋の全盛期に稼いだカネで、マンション一棟を購入した。今はその家賃収入があるので、それで十分だ」

 かつて総会屋には様々な形態があった。企業を守る与党総会屋というものも存在した。総会屋の存在が日本の企業を変えた、と言っても過言ではない。昭和の裏面史の一つだ。

Written by 西郷正興

Photo by Mike Kniec

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