自転車のながらスマホで通行人を轢き殺した女性 なぜもっと取り締まれないのか? 裁判所で被害者遺族が悲痛な叫び
TABLO / 2020年1月16日 10時50分
中村さとみ(仮名、裁判当時31歳)は焦っていました。
助産院の予約を9時から取ってあるのに、時刻はすでに9時10分になっていました。もう10分の遅刻です。しかも助産院の場所がよくわかりませんでした。いつも通っている助産院の予約が取れなかったため、この日は今まで行ったことのない助産院の予約を取っていたのです。
彼女は自転車をこぎながら右手でポケットからスマートフォンを取り出し、地図アプリを開きました。そして道順を確認し終え前を見たそのときに事故は起きました。
「危ない!!」
とっさに左手一本でブレーキを握りしめましたが間に合いませんでした。
道を歩いていていきなり自転車に衝突された被害者はその場で転倒しました。打ち所が悪かったのか、起き上がる気配はありません。
被害者はその後すぐ病院に搬送され緊急手術を受けましたが、翌日亡くなりました。
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弁護側証人として、被告人の夫が出廷しました。裁判の時点で結婚して3年目でした。被告人として、犯罪者として裁かれている妻が悪意を持って犯行に至ったわけでないことを彼は誰よりも知っています。しかし同時に、庇いきれないほどの重大な落ち度があったことも彼は知っています。
「もう妻には自転車を運転させません」
と言って頭を下げることしか彼にはできませんでした。
今後彼は故意でないとはいえ人の命を奪ってしまったという業を背負った被告人を支え続けていかなければなりません。その道のりが楽なはずはありません。
被害者は86歳の男性です。彼は池袋の介護施設で非常勤で働いていた現役の医師でした。事故前は医学関係の講演会などに精力的に参加し、普段から専門書を読むなどの勉強を欠かさない方だったそうです。
この年齢で医師として働き続けるということ、そこにどれだけの努力があったのかは想像に難くありません。体力が衰えないよう、5~6キロの散歩を日課としていました。
事故に遭った日も家族に「散歩に行ってくる」と告げて家を出て行きました。結果として、それが家族と交わした最後の会話になってしまいました。
生前、被害者は奥さんに「あと10年は生きたいな」と話していました。その希望は、いわゆる「ながら運転」をしていた被告人にあっけなく奪われました。
裁判では遺族を代表して被害者の娘の意見陳述が行われました。
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「にこやかな表情で写っている父の遺影を見ても、まだ父がこの世からいなくなったということが信じられません。86歳と高齢ではありましたが、大きな病気もなく本人はとても元気でした。でも予想もしてなかった事故が起きて…こんな事故がなければ今もみんなで幸せに暮らしてたはずです。不注意で、なんて言葉で軽々しく済まされるなんて納得いきません」
静まり返った法廷の中で、彼女の悲痛な訴えだけが響いていました。
「どんな事情があったか知りませんがあってはならない重大な過失だと思います。被告人を絶対に許せません。…こんな最期ってありえますか!?」
ここ数年間で歩きスマホやながら運転は社会問題になっています。先日の法改正でながら運転に関しては罰則が強化されましたが、それでもこのような事故は絶えることがありません。
「少しくらい大丈夫」
おそらく誰もがそう思ってついやってしまうのでしょう。きっと今回取り上げた被告人もそう考えていたはずです。
しかし、その「少しくらい」で彼女は人の命を奪いました。医師として人の命を救い続け、これからたくさんの人に幸せを与えそして自身も幸せを享受できたはずの人の命が喪われました。もう取り返しはつきません。
被害者遺族の方は、意見陳述でながら運転についても話していました。
「最近は道を歩いていてもスマホを見ながら歩いている人や自転車に乗っている人をよく見かけます。もっと取り締まれないのかと祈るような気持ちでいます」
この祈りは、この社会を生きる私たち全員に向けられたものです。(取材・文◎鈴木孔明)
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