女児の遺体を山に埋めた、ある刑事たちの犯罪…映画『殺人の追憶』事件の”番外編”|李策
TABLO / 2021年3月20日 16時57分
李春在が殺害を自供したキム・ヒョンジョンちゃん(韓国警察提供)
韓国で1986年から起き始めた華城(ファソン)連続殺人事件は、2019年に真犯人が明らかになったことで李春在(イ・チュンジェ)連続殺人事件と呼び名が変わった。李春在による殺人の犠牲者は14人に及ぶ。そして今年2月、うち1件の犯人と誤認され、20年にわたり無実で獄中生活を送ったユン・ソンヨさんが、25億1700万ウォン(約2億4000万円)の刑事補償金を受け取ることが決まった。
でっち上げ捜査がもたらした「利益」
14件の殺人、34件の強姦および強姦未遂を犯した李春在の悪行は、事件としての区切りがつくまで35年もの月日を要した――と、韓国においても多くの人々の間で認識されている。
だが実は、いまだ区切りのついていない事件がひとつある。1989年7月に華城で発生した、キム・ヒョンジョンちゃん(当時8歳)の失踪事件だ。
ヒョンジョンちゃんはすでに殺害されていることが、犯人である李春在の供述により明らかになっている。この事件の解決を阻んでいるのは李春在ではなく、当時、捜査に当たった韓国の刑事たちなのだ。
華城連続殺人事件をモチーフにした映画『殺人の追憶』(ポン・ジュノ監督)では、刑事が証拠をねつ造したり、参考人を殴打したりする場面が出てくる。現実の事件で濡れ衣を着せられたユン・ソンヨさんも、そうしたでっち上げにより有罪判決を受けた。
『殺人の追憶』は知られざる真犯人の輪郭を奇跡的な正確さで描き出していたことが話題となったが、ヒョンジョンちゃんのケースで明らかになるのは、ちょっとやそっとの想像力ではとうてい考えられない、違法捜査(とういうよりも警察の犯罪)の実態だ。
以下、韓国メディアの報道を総合すると、ヒョンジョンちゃんの失踪当時、周囲は当然、一連の連続殺人との関連を疑った。だが彼女の家族だけは、ほかの犠牲者と比べ年齢がずっと幼く、また「生きているはずだ」との祈るような思いから、連続殺人に巻き込まれたものとは考えなかったようだ。
知らないのは家族だけ
しかし現実は、残酷な進展を見せる。
同年12月、衣類やカバンなどの遺留品が近くの山林で発見されるのだ。警察は同月28日までに、国立科学捜査研究院(国科捜)に対してピンク色の半そでブラウス、ランニングシャツ、ブルーのスカート、靴下、そしてブラウスから採取された3種類の体毛などの鑑定を依頼。国科捜からの結果報告も書面によってなされている。
ところが奇妙なことに、こうした事実は家族にまったく知らされなかった。
それだけではない。警察は間もなく、遺留品が見つかった現場付近でヒョンジョンちゃんと思しき遺体を発見。捜索に加わった当時の地元防犯隊長はメディアの取材に対し、「なわとびで縛られた骨を見た」と、そのときの様子を語っている。
この事実もまた、家族には伏せられた。それどころか、警察は遺体を発見したことは知らせないまま、家族からヒョンジョンちゃんのなわとびに関する調書を取っている。ここで何らかの記憶違いが起きたのか、あるいは警察の作為の故か、ヒョンジョンちゃんの父親と姉が、なわとびの色や形について異なる供述をしたことになっている。どうやら警察はこれを根拠に、遺体はヒョンジョンちゃんのものではないと結論付けたようだ。
「捜査があまりに苦しかった」
しかしそれでも、身元不明の遺体は残るはずだ。なのに、これがどこにもないのだ。
韓国メディアが当時の警察関係者らを取材してたどり着いた結論は、捜査を担当した刑事たちが、遺体を山林のどこかに埋めてしまった、というものだ。
ヒョンジョンちゃんの捜査に直接加わらなかったある刑事は、メディアの取材に「当然、(連続殺人と)同一犯によるものだと考えましたが、事件化するのが嫌だったのでしょう。何故なら捜査があまりにも苦しかったから」と、当時の状況を語っている。
つまり、遺体がヒョンジョンちゃんのものだと確認されれば、捜査すべき殺人事件が増えてしまう。犯人を捕まえられない現場に対するプレッシャーが増し続ける中、その苦しみから逃れるために遺体を隠したというのだ。
「濡れ衣」と同じチーム
しかし「苦しいから」というだけで、こんな乱暴なことができるだろうか。
実は、ヒョンジョンちゃんのケースを担当したのは、ユン・ソンヨさんに濡れ衣を着せた捜査チームと同じ面々だった。彼らはユンさん逮捕により階級特進の褒賞を受け、栄誉と利益を手にした。この両事件がまともに捜査されていれば、李春在の逮捕が早まり、犠牲者がもっと少なくて済んだ可能性さえあった。
偶然か、必然か…未解決事件の真犯人を奇跡的に描き出していた映画『殺人の追憶』|李策
そして、李春在の自供までヒョンジョンちゃんが辿った運命を知らず、娘を待ち続けた家族たちの無念さは、想像するに余りある。(取材・文◎李策)
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