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オーバルレースは何が難しい? インディ500で2度優勝した佐藤琢磨のスゴさとは?

くるまのニュース / 2021年1月10日 19時10分

昨年2020年はコロナ禍により世界中のモータースポーツが開催の危機に陥った。世界3大レースのひとつ、伝統のインディ500も8月&無観客開催となったが、そこで佐藤琢磨選手が3年ぶりとなる勝利をものにしたのは明るいニュースだった。オーバルレースの難しさとはなんなのか、そして佐藤琢磨選手の2回目の優勝はどれくらいの価値があるのか。インディ500に4度参戦経験のあるレーシングドライバー兼自動車評論家、松田秀士氏に聞いた。

■100年を超える伝統レースで2回以上勝利したのはわずか20人

 昨年2020年のモータスポーツ界の話題といえば、佐藤琢磨選手のINDY500優勝だろう。琢磨選手は2017年にもINDY500に優勝していて、今回が2度目。ちなみにINDY500に複数回優勝したドライバーはそれほど多くない20人だ。

 2020年のINDY500は、第104回大会。INDY500は年に一度のレースだから、すでに100年を超える伝統のレースだ。優勝するだけでその長い歴史に名を刻むわけだが、2回以上優勝したのは現在のところ20人だけというわけだ。琢磨選手の快挙がいかに偉大なことかがわかるというもの。

 では、いったいINDY500とはどんなレースなのか? なぜそんなにスゴいのか? を少し解説しよう。

 レースが開催されるのは毎年5月。年に1回の開催だ。この5月の最終月曜日はアメリカ合衆国のメモリアルデー(戦没者記念日)。その前日の日曜日に開催されるのがINDY500なのだ。

 このようなことからレース前のセレモニーも盛大で、まず前日の土曜日にはドライバー全員がグリッド順にオープンカーに乗り、インディアナポリスのダウンタウンをパレードする。じつはこのパレードは、米国でも3大パレードといわれるお祭り。レース直前には米軍によるフライバイ、合衆国国歌斉唱などのセレモニーが大々的におこなわれ盛り上がる。

 そして200周500マイル(約800km)のレースが始まるのだ。しかし、2020年はコロナウイルスの影響で8月に、しかも無観客でのレース開催となったのだ。

 筆者自身1994年から1996年・1999年の4度、INDY500を戦った経験を持つが、当時は40万人ともいわれるギャラリーが観客席を埋め尽くし、それまでの練習・予選時のスピードウェイの雰囲気と異なり、コース全体が一種異様な雰囲気に包まれる。

 コース幅が狭くなったように感じられ、まるで別のコースを走っているかのような、ある種の恐怖を感じた。

 INDY500を開催するIMS(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)は、1周2.5マイル(約4.0km)のオーバルコースだ。オーバルコースはすべて反時計回りの左回りに走る。

 IMSは米国にある他のオーバルコースに比べて高速型で、長方形のコースレイアウトだ。2本の長いストレート(約1.0km)を繋ぐ2本のショートストレート(約200m)で構成され、4つのコーナー(米国ではターンと呼ぶ)はほとんど直角に曲がっている。

 このため第1ターンは、飛び込むまでほとんどウォール(壁)しか見えない。筆者が走ったころは、マシンの直線速度はほぼ238マイル/h(約380km/h)に達し、そこにアクセル全開でターンに飛び込むのは至難だった。マシンのセットアップとドライバーのコンディションがベストマッチしていないと、とくに速度が乗っている第1と第3ターンを全開で走ることは難しかった。

2020年12月に東京・青山のホンダウエルカムプラザでおこなわれた佐藤琢磨選手の「凱旋報告取材会」の様子2020年12月に東京・青山のホンダウエルカムプラザでおこなわれた佐藤琢磨選手の「凱旋報告取材会」の様子

 オーバルといえば強いカント(バンク)を想像するだろうが、IMSのカント角はそれほど強くなく、9度ほどだ。スピンか強アンダーステアを出せば、ほとんどの場合クラッシュする。筆者が走ったころは無垢のコンクリートウォールだったが、現在はセイファーウォールと呼ばれる衝撃吸収ウォールになっていて、より安全性が増している。とはいえとんでもない速度でコーナリングしバトルするのだから、相当デンジャラスであることには変わりない。

■インディカーは直線でもハンドルを右に切っていないと真っ直ぐ走らない

 オーバルを走るとき、インディカーはマシンに特別なセットアップを施す。リアタイヤを駆動するデファレンシャルはレーシングカートのように直結され、左のリアタイヤに対して右リアタイヤの径が少し大きくなっている。紙コップを寝かせて転がすと円を描きながら転がるが、これと同じ原理を利用しているのだ。

第104回インディ500の表彰式での佐藤琢磨選手。インディ500で優勝したドライバーは牛乳を飲むという慣習がある第104回インディ500の表彰式での佐藤琢磨選手。インディ500で優勝したドライバーは牛乳を飲むという慣習がある

 またキャンバーと呼ばれるタイヤに付ける角度も4輪すべてが左側に寝かせてある。これらはすべて左に曲がることだけを考えてセットされる。つまり360km/hレベルでコーナリングするときに、できるだけ旋回抵抗を減らし、かつコーナリング速度を上げることを目的としている。

 このためストレートでは、ステアリングを右に切っていないとマシンは勝手に左に曲がろうとする。ターンに飛び込む瞬間にステアリングを緩め、マシンが旋回し始めたら逆に左に切り込んでゆく。サーキットコースなら、ストレートで手の力を抜いて休むことができるが、オーバルコースでは手や腕が休まる暇はない。レースが終わると握力がなくなっているほどだ。

 ロードコースやサーキットコースではダウンフォースを付けるために大きなウイングを使うが、スーパースピードウェイのIMSでは空気抵抗を減らすために小さなウイングを使用する。そして可能な限り寝かせてレスダウンフォースにし、ストレートスピードを上げるのだ。

第104回インディ500で優勝したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの佐藤琢磨選手のマシン第104回インディ500で優勝したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの佐藤琢磨選手のマシン

 ダウンフォースを付け過ぎると走りやすいがタイムは伸びない。そしてこのレベルの速度になると、気温と風向きがダウンフォースに大きく影響する。気温が下がると空気密度が増すのでダウンフォースが増える。また風向きによって向かい風ならフロントがリアより押さえつけられ、追い風だとアンダーステアが強くなる傾向にある。

 ただし、オーバルではあっちの向かい風はこっちの追い風。1周するうちに必ず両方向を経験する。このため、ドライバーは走りながらコース内の吹き流しを見て風向きを判断する。そしてこの超高速では、車高をたった0.5mmから1mm変えるだけでハンドリングが変化する。ウイング角を含め車高など空力のセットアップはとてもシビアなのだ。

 また燃料のエタノール(E85:エタノール85%+ガソリン15%)が減るにつれてハンドリングも変化する。その変化に応じてウエイトジャッカーやスタビライザーをコクピットから調整しなくてはならない。ウェイトジャッカーとは右リアサスペンションに取り付けられていて、右リアの車高を上下させる装置のことだ。

* * *

 INDY500レースは、単純に左にグルグル回ってレースするだけ、と思われるかもしれないが、超高速でレースするだけではなく、これだけさまざまなことに神経をすり減らし走っている。しかも4つあるターンにはそれぞれ個性があって、どれひとつ同じターンはない。

 特殊なのはこれだけではない、レーススケジュールもだ。予選が終わってから1週間後にレースがおこなわれ、その間、金曜日にカーボデーと呼ばれる完熟走行がおこなわれる。しかし、INDY500のレースデイには朝のウォームアップ走行などない。3周ほどのパレードラップの後、いきなりスタートが切られるのだ。しかも横3列編隊で。

 このような、特殊で困難なレースに2度も勝利した佐藤琢磨選手の凄さはハンパない。

 ついでに下世話な話をすると、INDY500で勝利すると、日本円で2億円以上の賞金を手にする。33位のビリでも2000万円以上の賞金がある。筆者も8位でフィニッシュした1996年には、約2500万円の賞金を手にした(もちろんチームとの分配をするが)。

 まさにアメリカンドリーム。INDY500はハイリスク・ハイリターンの典型。ノーアタック、ノーチャンスなのだ。

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