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『すずめの戸締まり』で『魔女宅』の曲が流れる理由 2作の共通点と違いとは

マグミクス / 2024年4月5日 21時10分

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■新海誠監督久々の女性主人公作品で参照したのは?

 荒井由実(現:松任谷由実)さんの名曲「ルージュの伝言」は、宮崎駿監督の『魔女の宅急便』のオープニング曲として有名ですが、2022年公開の新海誠監督の『すずめの戸締まり』にも使用されたことで再び話題となりました。

 かねてから新海監督は宮崎監督へのリスペクトを口にしていますが、両作にはいくつかの共通点があります。『魔女の宅急便』は、魔女の少女キキの自立と成長を描いた作品として、今日も高く評価される名作です。一方の『すずめの戸締まり』は主人公の女子校生、岩戸鈴芽(以下、すずめ)の旅と成長を描く作品で、道中女性たちに助けられながら旅していく様には、『魔女の宅急便』の影響があると新海監督自身がインタビューなどで公言しています。

 思春期の少年を主人公に据えることが多かった新海監督にとって『すずめの戸締まり』は、スタジオジブリ的な作風にトライした『星を追うこども』以来の女性主人公の作品です。少女の旅と成長を再び描くために参照したのが、やはりジブリの名作だったことは興味深いことですが、『すずめの戸締まり』がいかに少女の成長譚を描いているのか紐解いてみたいと思います。

「ルージュの伝言」が流れるタイミングの違い

『魔女の宅急便』で「ルージュの伝言」が流れ出すタイミングは、冒頭でキキが魔女修行の旅に出る時、ホウキにくくりつけたラジオのスイッチを押したところで、キキが実際にラジオでこの曲を聴いているかのように流れます。軽快なアップテンポの曲調が、ウキウキする旅立ちの瞬間を盛り上げてくれます。

 一方、『すずめの戸締まり』では、芹澤の車のステレオから流れる仕掛けになっています。こちらでは旅の終盤、主人公のすずめが生まれ故郷の東北に向かう車のなかでの出来事です。後ろに「クロネコヤマトの宅急便」のトラックが走っているカットもありました。

 どちらも「旅立ち」を象徴する使われ方をしているのですが、キキは生まれ故郷を出発する時にこの曲を聴くのに対して、すずめの場合は、生まれ故郷に戻るというシチュエーションで聴いています。後で説明しますが、ここには両作品が少女の成長を描く上での姿勢の違いが表れていると言えると思います。

■働く女性たちに導かれるキキとすずめ

『魔女の宅急便』で同じ高山みなみさんが演じていたキキとウルスラ (C)1989 Eiko Kadono/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, N

 単純なオマージュにとどまらず、『すずめの戸締まり』は『魔女の宅急便』の物語構成に大きな影響を受けています。『魔女の宅急便』は、キキが人生の良き手本となるような大人の女性たち、居候先のおソノさんや画家のウルスラなどと出会うことで成長していく物語となっていました。

 そうした女性たちは、キキの「あり得るかもしれない未来の姿」として重なるように描かれています。とりわけ、ウルスラ役はキキと同じ高山みなみさんが演じていることで、ウルスラがキキの未来の姿のような印象を特に強くしていました。実際に同じ人物というわけではありませんが、ある種の似た者としてのロールモデルとなる存在としてウルスラは描かれているのです。

『すずめの戸締まり』もまた、すずめが女性たちと旅先で出会っていく物語構成になっています。ネコのダイジンと椅子になってしまった「閉じ師」の草太を追って宮崎県を出たすずめは、同学年の海部千果、シングルマザーの二ノ宮ルミらと出会います。また、育ての親である叔母の岩戸環も重要な存在です。

 いずれの女性も働く人として、すずめの前に登場しました。高校生ながら実家の旅館の仕事を手伝う千果、2児の母でありスナックのママとして店を切り盛りするルミ、両親を失ったすずめをひとりで育てた環は漁業協同組合で働いています。とりわけ、物語の前半に出会うことになる千果とルミの場面は、彼女たちの仕事をすずめが手伝うシーンが描かれました。

 仕事を通じてすずめは異郷の女性たちと絆を深めていき、旅を助けてもらうのです。ここには仕事を通じた連帯、あるいは他者の生き方を学ぶといった要素が見えます。

『魔女の宅急便』は、タイトルにある通り魔女の少女が宅急便の仕事を通じて成長していく物語ですが、妊婦でパン屋の店先に立つおソノさんや、画家として自分のやりたいことに打ち込むウルスラなど、仕事を通じた出会いが描かれました。そういう働く女性たちの姿に接して、キキは自分に何ができるのかと考え、成長していくという展開になっているのです。

 千果やルミとの出会いは旅の通過点での出来事で、すずめは服やバッグ、帽子などのアイテムを彼女たちから譲り受けるなど、背中を押されていきます。『すずめの戸締まり』は東日本大震災を題材にした作品であり、物語後半にはすずめの過去に向き合う展開となるのですが、物語前半に出会う今を懸命に生きるふたりの女性の姿も、すずめの成長に影響を与える重要な存在として描かれていると言えるでしょう。

■未来の自分と出会うキキ、過去の自分に会いに行くすずめ

空を飛ぶキキ (C)1989 Eiko Kadono/Hayao Miyazaki/Studio Ghibli, N

『魔女の宅急便』の物語で大きな転換点となるのは、キキが空を飛べなくなるエピソードです。自分には空を飛ぶ以外の特別な能力がないからと宅配することに決めた彼女にとって、それはアイデンティティの喪失にほかなりません。当たり前に持っていたものを失うことで、彼女は自分にとって「空を飛ぶ」ことの大切さを改めて自覚することにつながっていきます。

『すずめの戸締まり』もまた、「何かを失う」ことが物語の転換点となります。

 すずめは物語の前半では、「死ぬのは怖くない」と言っています。それは震災における彼女の体験に深く関わっており、理不尽に命を奪う天災の前には人の意思は通用せず、死ぬも生きるも運でしかないという感覚でした。それゆえに、自分の命を投げ出すような危険な行為もできてしまうすずめは、物語の中盤に閉じ師の草太を自らの選択で失ったことで、「彼のいない世界が怖い」と言い出すのです。

 すずめは草太の「生きたい」という、強い想いに触れます。後半はそんな草太を救うために、過去のトラウマというべき震災に向き合うすずめが描かれます。

「ルージュの伝言」の挿入がすずめが東北に向かうタイミングなのは、ここに意味があると思います。『魔女の宅急便』はキキが「未来の自分」であるウルスラやおソノさんたちと出会う物語ならば、『すずめの戸締まり』は「過去の自分」に向かって旅をしていく物語です。過去へと向かう旅がここから本格化するからこそ、「ルージュの伝言」がこのタイミングで流れるのではないでしょうか。

 その道中、育ての親である叔母の環の「隠された本音」を聞かされるエピソードも、重要なポイントです。自分の人生は自分だけのものではなく、誰かの想いや犠牲をともなっていること、自分の命は誰かと関わっていることを知ることで、すずめは死に対する考えを変化させていくことになるのです。

 自分の命の価値に自信を持てないでいたすずめは、環の想いや草太の気持ち、そして、多くの震災死者の「声」に向き合うことで、生きることの価値を見出していきます。

 そして、すずめ、母親の形見の椅子をある人に「譲りわたす」ことになるのですが、それは母親からの自立を象徴していると言えます。『魔女の宅急便』ではキキが飛行能力を取り戻しても、黒ネコのジジの言葉を理解する能力が失われたように、すずめは母親の形見を手放すことになるのです。

 思い出は胸に秘めて、未来に向けての一歩を踏み出す彼女は、母親と同じ看護師を目指す勉強に打ち込むことになります。少女の成長と自立を現実の震災を題材に描く『すずめの戸締まり』は、過去の自分との出会いを経由して、未来に向けて確かな一歩を踏み出す作品なのです。

(杉本穂高)

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