100年前にタイムスリップ！ 大正～昭和初期に流行した和洋折衷の文化住宅を「新築」した夫妻 黒電話・氷式冷蔵庫に囲まれた暮らし【住人十色】

　東京の郊外に、"100年前の暮らし" を選んだ住人（アルジ）夫妻が建てた、まるで100年前にタイムスリップしたような和洋折衷の家がある。レトロで懐かしい雰囲気ながら、なんと新築なのだという。

　住人（アルジ）は、大正から昭和にかけての日本を研究する仕事に就き、当時の“モダンな”衣装に身を包む夫妻。夫は音楽史研究家、妻は「日本モダンガール協會」代表をしている。モダンガールとは「モガ」とも呼ばれ、100年前の日本で流行した、当時最先端の西洋ファッションと断髪で注目された女性たちのこと。妻は20年前からモダンガールの服装で生活している。

　そんな2人が暮らす家は、懐かしさ漂う伝統的な和風の玄関を入ると、左側が日本家屋、右側が洋風という、和洋折衷の住宅。これは大正から昭和初期にかけて流行した「文化住宅」と呼ばれるもので、レトロな雰囲気だが、なんと8年前に全くのゼロから新築で建てた家なのだという。

　小学生の頃から大正・昭和の文化や建物に大きな憧れを抱いていた妻。28歳のとき、大正時代にまつわるとあるイベントに参加したことをきっかけに、ふだんもモダンガールの服装で過ごすようになった。そして、昭和の流行歌の鑑賞会で出会った2人は、2016年に結婚。ともに100年前の建築に魅力を感じていた夫妻は、新居として「文化住宅」を建てることに。日本全国で現存する文化住宅を見て回り、イメージを膨らませていった。

　しかし現代とは工法や資材が違うため、なかなか請け負ってくれる工務店がなく、500軒以上も探したという。断られ続ける中、なんとか老舗工務店が引き受けてくれることになり、1年にわたる綿密な打ち合わせと工事を経て、ついに念願の住宅が完成した。

　玄関の床は、懐かしさを感じさせる、豆砂利を埋め込んだ土間。下駄箱の上にはなんと、昭和8年に登場した初期型の黒電話がある。古道具店で購入したものだが、もちろんまだまだ現役だ。

　家の左側は和館。ここには四畳半の居間兼寝室がある。リビング・ダイニング・寝室を1部屋でまかなう昭和ならではの空間で、天井は「竿縁天井」と呼ばれる通気性に優れた伝統工法が用いられている。当時の明るさに合わせて電球は20W。かなり薄暗いが、美しい文様のガラスがはめ込まれたふすまから、隣の部屋の明かりがうっすらと差し込む。このガラスは、近隣の文化住宅が解体される際に譲り受けた、100年以上も前のものだという。

　奥へ進むと、白いタイルで覆われた台所。シンクは天然石とセメントを職人が磨き上げた「人造石研ぎ出し」と呼ばれるもの。シンクの隣に鎮座する冷蔵庫は、特注した「氷式冷蔵庫」で、昭和30年頃まで使用されていたという形式のものだ。上の段に氷を入れ、そこから出る冷気で下の段の食材を冷やすという仕組み。8℃ぐらいになるのでビールを冷やすには最適だが、唯一不便なのが、アイスクリームを貯蔵しておけないことだという。

　水回りには、昭和30年代のものだという、なんと手回し式の洗濯機が。お風呂は真っ白なタイル貼り。これも当時の流行の最先端だが、冬場は冷えやすいのが難点だ。

　一方、家の右側は洋館。入ると応接室がある。客をもてなすための部屋として、かつての「文化住宅」には必ず玄関横に設けられていた部屋だ。天井高3メートルもある開放的な空間には、夫が祖父母から譲り受けた100年前の蓄音機がある。ご近所さんを招き、ここで蓄音機の鑑賞会を開くこともある。

　洋館の2階は、妻がモダンガールの研究や執筆活動をするための書斎。これまでに収集した歴史的な書物がところ狭しと並ぶほか、天井から部屋を照らすフランス製のアンティーク照明や大正末期の足踏みミシンなど、妻がコレクションしたものも至るところにあり、クローゼットには当時の貴重な洋服がぎっしりと詰まっている。

　大正・昭和の好きなものに囲まれた暮らしについて、妻は「好きな時代に逃避したいわけではないんです。やっぱりこの時代に生きていますので、“今の時代を良くしていきたい”という気持ちの上で過去を見ているんです」と意外な思いを明かす。「戦争前のいろいろなことを知ることによって、現代の状況にも似ているなと思うこともある」と言うと、夫も「過去から未来を見ると、より遠くが見えるってことありますよね」と賛同する。

　今をより良く生きるため、さらには、より良い未来のため。2人が建てた100年前さながらの“文化住宅”には、そんな希望が詰まっていた。（MBS「住人十色」2024年3月30日放送より　TVerでも放送後1週間配信中）