いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く4 (READY OR NOT,HERE I COME)
ニューズウィーク日本版 / 2016年6月14日 11時30分
なぜそこに菊地さんやダーンが行くかというと、ハイチに派遣されている彼ら自身、担当の施設以外を訪れるチャンスはまずなく、たまたまイースターに我々が訪問をしたからこそ、休暇の彼らが見学可能になったのだった。つまり他の病院の医療体制を見たいという二人の真面目さによって、四駆の中がより国際色豊かになったわけだ。
俺は運転手の横に席を取り、三つの言語が飛び交うのを背後に聞きながら町並みを見た。タプタプと呼ばれる安い乗車賃の乗り合いバスのような車に、人がぎっしり詰まっていた。アジアでもよく見るトラックのような車で、外側に様々な装飾がしてあった。
道路には時にがれきが集めて置かれ、黒いビニール袋やむき出しのゴミが山になっていることもあった。それをさして不潔だと感じないのは、どうやら乾期だかららしいということが背後の会話でわかった。そろそろ来る雨季ではあちこちが冠水し、干上がっている小川に水が溜まる。すると、町全体にゴミが浮いている状態になるのだという。そしてコレラが大勢の人間を襲う。
けれど、話をいくら耳にはさんだところで、目の前にある陽光の弾けるポルトー・プランスにはエネルギッシュに人が動き、道端で様々な食べ物を売り、ゴミの山を犬や牛がつつき回り、子供たちが笑っている頭上には家の軒から赤と白のブーゲンビリアが垂れて咲き誇っている。
例の「リアルさのずれ」が俺を襲った。事態の深刻さが見えにくいのだった。
そうした町の様子を車からスマホで撮ろうかとも思ったが、俺にはジャーナリスト気質が欠けていた。撮られる側のことが気になった。というより、撮る立場の俺が支配的な気分になるのが嫌だった。
すると、リシャーがこういうところではカメラを向けないで欲しいと低い声で後ろから言った。彼らには彼らの権利がある、と現地スタッフとして言いたいのだろうと思ったが、法律的に言えば政府から俺に一般ジャーナリスト証が出ていないということらしい。つまりMSF以外での撮影には制限があるということになる。
「はい」
とだけ、俺は答えた。もともとそのつもりはなかったから。
すると、道の脇に奇妙な集団がいるのに気づいた。十数人の若者が、ひらひらした紙のようなものを体中に下げていて、下を向いて小刻みにリズムをとりながら移動しているのだった。
「ヤヤ」
とリシャーが言った。
ハイチのイースターでは、キリストの復活の様子を自分たちで繰り返すために歩くのだそうだった。その儀式の名前がヤヤだった。ただし、そこで反復されているのはゴルゴダの丘へ行く悲劇の主キリストだと説明された記憶がある。ともかく、打楽器が集団の内側で打たれていた。ギターも鳴っていたかもしれない。車内からは聞こえにくかった。
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