いとうせいこう、ハイチの『国境なき医師団』で非医療スタッフの重要さを知る(7)
ニューズウィーク日本版 / 2016年7月14日 16時45分
強い日差しの中、向こうの山並みがくっきりと見えた。緑は萌えていた。鳥の鳴き声が聞こえた。ベランダの椅子に座った紘子さんは急に緊張し始め、用意してきた答えを言おうとして何度もNGを出した。真面目な人だった。その紘子さんの様子を遠くからフェリーとカールがビールの小瓶を持って見守っていた。それから例のムク犬も、そのあとで別な犬も見に来た。
(犬は増えた)
リラックスしてもらおうと途中でなにげない話を聞いているうち、彼女の勤める場所CRUOがフランス語で産科救急センターを示す言葉の略称だということがわかった。忙しい日々の中、今でも毎日、医療英単語のスピードラーニングをしているのもわかった。
参照記事:いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く2(イースターのハイチ)
同じく南スーダンにいたことのある谷口さんが「アフリカのミッションはきつくありませんでしたか?」と問うと、きりっとした目になって「いえ、使命感に燃えたぎっていてまったく何も感じませんでした」と答えたのも印象的だった。
アフリカで「静かなる娘」と命名されていたというエピソードは、彼女を表現するのにぴったりだった。控えめにしていながら、少しでも質問してみると心の内側にマグマのような熱いものがあるのがわかるのだ。
ちなみに、もうじき発売されるレキシというバンドの5枚目のアルバムの中に、俺が作詞・朗読した『旧石器ベイベ』という曲があるのだが、そこで俺は「静かなる一族の娘」という単語を使っている。それはいわば彼女へのちょっとしたオマージュだ。
夜の音楽
その日は休息した。片づけを手伝ったり仮眠したり、マタンと話したりして夜になった。
19時過ぎにダイニングで昼のごちそうの残りを食べていると、二人の白人壮年女性が大きな荷物を持ってがやがやと入ってきた。翌日から現地の医療スタッフ向けに新生児ケアの研修を行うというオランダ人の二人組だった。どちらもがたいのいい、パワフルな女性で、プントとヘンリエッタと言った。
「空港からここに来る途中、街中に音楽が鳴っていて凄かったわよ。人が踊ってて」
特に強そうなヘンリエッタさんがポールに説明した。
「ああ、イースターだからね」
そう答えたポールだったが、彼自身はさして興味がなさそうだった。
むしろ興奮したのは俺で、山の上にさえいなければブードゥー的な儀礼の様子が見られたのにと思った。すると、確かに山の遠くから歓声のようなものがうっすら聴こえるのがわかった。
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