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いとうせいこう、ハイチの産科救急センターで小さな命と対面する(8)

ニューズウィーク日本版 / 2016年7月19日 17時0分

 産まれるまで三つ子だと知らなかったと両親は緊張気味に言った。例の検診不足ゆえのことだった。市内の別の病院から緊急に運ばれてきて帝王切開を行ったのだそうだった。

 彼女と子供たちを谷口さんは是非撮りたいと言い、リシャーが許可を取る間、俺は例の捨て子の保育器のところへ移動した。
 赤ん坊は眠りから覚めていて、びっくりするほど大きな目をしていた。 

 紘子さんの話では、妊娠7ヶ月弱(28週)で産まれてしまい、700グラム以下なので救命しないステージであるはずが、途中まで手術が進んでいたためにプロジェクトを続けたのだそうだった。つまり赤ん坊は九死に一生を得たのだ。
 けれど、母親がいなくなってしまった。

 せっかく生きたのに、子供は天涯孤独になっていた。

 一日ごとにすくすく育っているのは体のパーツの太さでわかった。瞳の光でわかった。動きの素早さで知れた。
 突然、奴が俺をつぶらな目で見た。

 何か言ってやらなければいけないという気がした。そうでなければ物扱いじゃないか。
 そして、口からつい出てきた英語に俺自身驚いた。

It's nice to meet you.

 俺は赤ん坊にそう話しかけていた。
 言ってから、ほんとにまったくそうだと思った。

 niceに決まってる。
 すると、赤ん坊の目の奥に一瞬、認識が宿った。奴が俺を人間として感じたように思った。

 俺は大事なことをなし終えた気持ちになって、なおも奴の目を見た。

 ただし"認識"と見えたのは、踏ん張っておしっこをする表情だったのかもしれない。現に係の看護師がおしめを替えに来たから。

 さて、産科救急センターについては、もう一回分書きたい。
 ダーン先生の回診と、「母親たちの村」、新人スタッフの悩みについてなど。

 ここは俺にとって特に重要なミッションだ。ハイチ編もあと三、四回で終わり、別のプロジェクトを俺は見に行かねばならない。

追加

 そうだ。
 次の章がアップ出来るようになるまでに、このYoutubeを見ておいてもらうのもいい。
 俺がハイチに出かける前に唯一準備として見ておいた映像。

 スペースシャワーTVでいつも世話になっている村尾君がリンクを送ってくれていたのだった。
 内容はレッドホットチリペッパーズのベーシスト、フリーがハイチの村を巡るというもの。

 これがあるからこそ、俺は見かけののんびりしたハイチがただごとでない状況だと自分に警告し続けることが出来た。

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