ヨーロッパの自己免疫疾患─ギリシャを歩いて感じたこと
ニューズウィーク日本版 / 2016年10月7日 17時0分
全体に、まるで免疫不全のような話なのだった。先進国である自己と、逃げてくる難民という他者が分けられなくなっていた。いや他者として敬して扱おうにも、例えば使う薬の価格が先進国のレベルなのだから、"自己のようなもの"になる。ひとつであるはずのEUのアイデンティティを、難民問題が分裂させ交差させ錯乱させていた。
なぜ彼らがそうなるのかの根っこの部分を、俺は他の取材で知ることになるのだが、ともかくその日、梶村智子さんにつきあってもらってアテネ随一の観光地へ足を伸ばした俺は、その古代的精神の中心地でひとつも解決していない問題の根の深さ、同時にそこに関わろうとする人たちの苦悩のようなものを知り、かすかに足を引きずりながら少し宿舎で休もうと地下鉄の駅へ向かうのだった。
そして夜、今度はMSFギリシャの面々から興味深い話を様々聞くことになる。
難問の前でギリシャ市民がどのように対応しているかを、次回ははっきりと思い出すことにしたい。
いやその前に、現在カタール航空ドーハ発羽田行きQR813で帰国の途に着いている俺は、少し先に智子さんに起こる心の変化を予言のように語っておかねばならない。
彼女はMSFの活動をもうひとつ続けることにし、ナイジェリアへと旅立つのだ。
(つづく)
いとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE」
※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。
いとうせいこう
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