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中国の「監視社会化」を考える(1)──市民社会とテクノロジー

ニューズウィーク日本版 / 2018年12月5日 15時30分

この点について、少し補足しておきましょう。

1989年のベルリンの壁崩壊以降、社会主義と自由主義陣営との間のいわゆる冷戦構想が崩れると、ヘーゲルやマルクスの影響を強く受けてきた「市民社会」概念も大きく変化します。そもそも社会主義体制の下では労働者の「貧民化」をもたらす市民社会の問題点は解決されたはずでした。しかし、実際はソ連や東欧の社会主義体制の下で、官僚支配や言論の抑圧、生産の停滞など、数多くの問題が生じていました。そのような旧体制の打破に立ち上がった人々が、「市民社会」を、「国家共同体」とも「自由な経済社会」とも異なる第三の意味合いで用いるようになったのです。

その動きを新たな「市民社会」に関する理論としてまとめあげたのが、西ドイツ出身の思想家、ユルゲン・ハーバーマスです。ハーバーマスは、二〇世紀以降の高度消費社会が、人々の実感に根差した秩序形成の場である「生活世界」と、より高度で複雑な、むしろ自動的な制御メカニズムに近いものとしてイメージされる「(社会)システム」との深刻な乖離をもたらした、と考えました。

ハーバーマスによる市民社会論の代表作である『公共性の構造転換』は、自律的な個人が主体的に参画して構成される市民社会から、大企業や官僚システムに支配された没人格的な大衆社会へと社会が転換する中で、いかにして「市民的公共性」を保つか、という切実な問題意識のもとに書かれた書物です。



そのハーバーマスが、ベルリンの壁崩壊という現実に直面し、英語のcivil society、すなわち「市民社会」の直訳語として使い始めたのがZivilgesellschaftという言葉でした(植村、2018)。これは、1990年に出版された英語版の『公共性の構造転換』の序文の表現によれば、以下のような性質を持つ言葉だったのです。

《市民社会》の制度的核心をなすのは、自由な意志に基づく非国家的・非経済的な結合関係である。もっぱら順不同にいくつかの例を挙げれば、教会、文化的なサークル、学術団体をはじめとして、独立したメディア、スポーツ団体、レクリエーション団体、弁論クラブ、市民フォーラム、市民運動があり、さらに同業組合、政党、労働組合、オールタナティブな施設まで及ぶ(ハーバーマス、1994)。

このように、冷戦の終焉以降、政治社会=国家(政府)とも経済社会=市場(企業)とも異なる、第三の社会領域の組織および運動として「市民社会=市民団体」の影響力を評価する立場が現在の「市民社会」論の主流になり、政治学、経済学、社会学などの社会科学においても急速に普及していったのです。

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