中国の「監視社会化」を考える(1)──市民社会とテクノロジー
ニューズウィーク日本版 / 2018年12月5日 15時30分
もちろん、寺田さんの専門は明清時代の法制史ですから、必ずしも現代に直接当てはめられないと思いますが、それでも現代中国の政治や経済の動きを考える上である程度示唆に富んでいると思います。というのも、先述の「反腐敗キャンペーン」の例にみられるように、お互いに利益を追求する人たちをどこで調停するのか、という問題と、実際の法秩序の形成のあり方というものが、一体化をしない、という現象は現在の中国社会にも普遍的にみられるものだからです。
同じようなことを、また別の観点からおっしゃっているのが京都府立大学の岡本隆司さんです。岡本さんは近著『世界史序説』の中で、君主と臣民が一体化する、というところに西洋における支配のあり方の特徴を求めたうえで、アジアによってはそういった君民が一体になる構造にはならなかった、そういった統治体制はなかなか形成されなかったという議論を展開しています。
すなわち、アジアにおいては生態系が多様であり、「(政治・経済をそれぞれ多元的な主体が担っているため)、全体が一体に還元できないし、全体を律する法制も存在しえない。厳密な意味で官民一体の「法の支配」が機能しないのである」(岡本、2018:237-240頁)というわけです。
その背景になっているのが、民俗学者の梅棹忠夫が展開したような、いわゆる生態史観的な考え方です。そこからは、「貿易・金融と生産を一体化し、さらにそれを政治軍事と一体化した構造体であって、その核心に君臣・官民を一体とする「法の支配」が存在した」「近代世界経済という存在は、イギリスを嚆矢とする法治国家というシステムをつくりあげた西欧にしか、出現しえなかった」という結論が導かれることになります。
ここで、この小文で私が述べてきたことをまとめておきましょう。先ほど、東アジアの社会において市民社会を議論する際に何か特定の存在、つまりNGOなどに注目するのではなく、常に「公」と「私」あるいは民間と国家の関係性に注目すべきだ、ということを述べました。すなわち、たとえフィクションであっても、君臣・官民が一体化していることを前提とした統治が実現されるのか、あるいはそうではないのか。この点は、社会の「公正さ」を実現するルールが、何らかの形で抽象化され、その結果民間活動の統制だけでなくて、権力自体を縛るような構造が実現されているのかどうか、そういった点にも直接かかわってくる、大変重要な問題である、と思っています。
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