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中国の「監視社会化」を考える(2)──市民社会とテクノロジー

ニューズウィーク日本版 / 2018年12月21日 18時0分

レッシグの指摘で重要なのは、法を通じた規制にはいわゆるお目こぼしがつきものだけれども、アーキクチャにはそういった「抜け穴」が生じにくい、という点でしょう。特にサイバー空間においては、インターネットのアーキテクチャ、すなわちコードが、ほぼ完全にそこでの人々のふるまいを制約しています。だから、むしろ市民と政府が協力し、法的規制によって大手IT企業が市民の自由な言論や行動を恣意的に規制しないよう、一定の縛りをかけていこう、ということを述べています。ここでは、あくまでも民間企業が資本主義の論理に基づいて提供するアーキクチャが人々の自由を奪わないよう介入していくのが、法や市民社会の役割だということになります。



しかし、そこで一つの疑問が生じます。アーキテクチャによる人々の行動の制限は、民間企業──それがいかに巨大であれ──による「恣意的な規制」だから、問題とされなければならないのでしょうか? アーキテクチャを通じた規制が、より幅広い「民意」を背景にして行われ、ある種の「公共性」を実現するという可能性はないのでしょうか。すなわち、自立した市民が自らの手で作り上げる「法」によって私利私欲の追求に歯止めをかけ、「みんなの幸福」を実現しようとするのが「市民的公共性」の理念だとしたら、それとは異なる形の、すなわち法的な規制が十分に働かない領域で人々の「自分勝手な振る舞い」をそもそもできないようにする、すなわち、アーキテクチャの設計を通じた「公共性」のあり方を考えることも可能なのではないでしょうか?

2.「ナッジ」に導かれる市民たち

上記のような問題を考える上で非常に重要なのが、行動経済学の理論的研究業績で2017ノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー、および憲法学者のキャス・サンスティーンなどが唱えている「ナッジ」、そしてその背景にある「リバタリアン・パターナリズム」という考え方です。「ナッジ」とは、アマゾンなどのインターネットの購買サイトで過去の購買履歴や閲覧情報などに基づいてAIが「お勧め」してくれるような「助言」をイメージすると分かりやすいかもしれません。ナッジが適切なものであれば、消費者がより良い──自己の効用を高めるような──消費行動を実現し、より幸福になる可能性が高まることを行動経済学や認知科学の知見を生かして主張したのがこの二人による『実践行動経済学』という本です。

たとえば、学校にあるカフェテリア方式の食堂におけるメニューの並び方は、子どもたちの食事の選択に重要な影響を与えます。最初におかれたメニューほど選ばれやすいからです。どうせならば、選んだメニューが子どもたちの健康を促進させるようあらかじめ考えて並べるべきではないのでしょうか。また、このメニューの並べ方を各種の政府による制度設計に置き換えてみれば、適切な制度設計が行われるかどうかは、やはり人々の「幸福度」に大きな影響を与えるはずです。だとするなら、それがパターナリスティックな介入であり、「選択の自由」を奪うからといって、例えば最初から全くのランダムにメニューを並べるべきだ、と主張するのはばかげているのではないでしょうか?

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