中国の「監視社会化」を考える(5)──道具的合理性が暴走するとき
ニューズウィーク日本版 / 2019年2月27日 13時26分
そもそも、そういった「バーチャル・スラム」化の防波堤となるはずの社会近代的なリベラリズム、あるいは人権思想の前提となる「すべての人格は平等である」という前提そのものが、これまでもフーコーなどポストモダンの思想家から批判されてきたように、様々な矛盾をはらむものでした。その矛盾が、科学による道徳意識の解明や、テクノロジーによる道徳的ジレンマの解決の実装化という現実を受けて「人格の優劣」を直接「正しさ」の基準として採用する、「徳倫理」の復活としてより先鋭化してきた、という指摘もあります。
例えば、社会思想史に造詣の深い稲葉振一郎さんは、20世紀末以降、近代的リベラリズムにおける「あるべき理想的・本来的人間のイメージの共有」という暗黙の前提が自明ではなくなり、揺らいでいく中で、むしろその内実を社会的あるいは政策的に決定していく、という課題が浮上してきた、と指摘しています(稲葉、2016)。言い換えれば、現実のさまざまな問題に関する倫理的判断を行う際に、「人間」あるいは「人格」とはなにか?といった価値観の領域にまで踏み込んだ意思決定がつねに問われるような社会が到来しつつあるわけです。
稲葉さんによれば、生命倫理学に代表される応用倫理学の中で、「正しさ」の基準として「人格の優劣」を議論する、いわゆる徳倫理学が復権してきたのも、そのような「人格」をめぐる近代社会の認識の揺らぎと深いつながりを持っているのです。
近代的な統治の揺らぎ?
このように考えたとき、中国において、テクノロジーの急速な発展とそれを使いこなす高い「人格」を兼ね備えた主体としての共産党の権威の強化、さらにはその権威を付与する儒教的価値観の強調という現象は、決して孤立して生じているのではなく、テクノロジーと人間社会の在り方をめぐる世界的な動きとシンクロしているのだ、といえるのではないでしょうか。
さて、中国ではイノベーションが社会に「実装」される、つまりテクノロジーが社会の中で現実に機能していくスピードが先進国と比べても非常に速い、ということがこれまでも指摘されてきました(伊藤、2018)。それは、法制度の縛りによって市民が自ら新しいテクノロジーの暴走に歯止めをかける、そのような仕組みがそもそもあまり社会の中で機能していないということの裏返しでもあります。とにかく実際にテクノロジーを社会に応用して後でそれを取り締まるような仕組みを作るということが一般的になっているという背景があるわけです。
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