「日本人は100年後まで通用するものを作ってきた」...「失われた何十年」言説の不安がもたらした文化への影響とは?
ニューズウィーク日本版 / 2024年10月9日 10時45分
89年にベルリンの壁が崩壊して90年代に入り、フランシス・フクヤマの「歴史の終わり」となって、「右対左があって中道がある」といった構図を描きにくくなります。革新がなくなり、日本の政治も自民党みたいなもの2つで政権交代すればいいということで、朝日新聞も読売新聞も保守二大政党制の旗を振りました。
ところが、そういう理念としてのポストモダンは、少なくとも日本の場合はすぐに「失われた何十年」言説に取って代わられていきます。1985年のプラザ合意でバブルになり、それからバブルがはじけていく。あの「失われた何十年」というのは、バブルがはじけて何十年ということですよね。
田所 だいたい91~93年からの株価や物価の下落から数えますね。
片山 それで高度成長こそがデフォルト(既定事実)と思う人にはいつまでも「失われた何十年」が続くようになる。国際的に見れば2001年の9・11同時多発テロや2008年のリーマン・ショックがあり、テロとの戦いになって世界が無秩序化していくような状況になる。そしてアメリカも没落してくると、資本主義の繁栄に包まれている私たちはいつも新たな余裕を持ってさまざまな選択ができる、という状況が壊れてゆく。
余裕がある中でなら、保守二大政党でうまくゆく目もあろうけれど、切羽詰まってくると進む道は狭まって、政策論争の幅も出ない。そのときどっちも保守だなんて言ってたら、政党政治も終わります。
そして、三浦さんがお嘆きのように、国家、公共は、大局的な見地も、自由市場ではペイしない高度な文化やマイノリティを守る意識も持っていない。すっかり没落への不安に苛まれる時代です。うまくゆかないならそれに耐える哲学があればいいのだけれど、ないでしょう。それが拙い。
※後編:AIと人間を隔てるのは「身体性」...コンサートホールで体を震わせることこそ「人間的」だと言える理由 に続く。
片山杜秀(Morihide Katayama)
慶應義塾大学法学部教授、音楽評論家。1963年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。専門は近代政治思想史、政治文化論。主な著書に『音盤考現学』『音盤博物誌』(ともにアルテスパブリッシング、サントリー学芸賞)、『未完のファシズム─「持たざる国」日本の運命』(新潮選書)、『皇国史観』(文春新書)などがある。
三浦雅士(Masashi Miura)
文芸評論家。1946年生まれ。弘前高校卒業。1969年、青土社創立と同時に入社。『ユリイカ』、『現代思想』編集長などを務める。『メランコリーの水脈』(福武書店、サントリー学芸賞)、『身体の零度』(講談社、読売文学賞)など著書多数。
田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
国際大学特任教授。1956年生まれ。京都大学法学部卒業。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス留学。京都大学大学院法学研究科博士課程中退。博士(法学)。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授、慶應義塾大学法学部教授を経て、現職。慶應義塾大学名誉教授。専門は国際政治学。主な著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『越境の国際政治』(有斐閣)、『社会のなかのコモンズ』(共著、白水社)、『新しい地政学』(共著、東洋経済新報社)など。
『アステイオン』100号
特集:「言論のアリーナ」としての試み──創刊100号を迎えて
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