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忘れられない支援・米軍の「トモダチ作戦」~東日本大震災から10年

ニッポン放送 NEWS ONLINE / 2021年3月14日 21時30分

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東日本大震災の救援活動「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」に参加する米兵士の右腕につけられた「友」ワッペン 

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(3月12日放送)に内閣官房参与で外交評論家の宮家邦彦が出演。東京・国立劇場で行われた「東日本大震災十周年追悼式」について述べた。

東日本大震災の救援活動「オペレーション・トモダチ(トモダチ作戦)」に参加する米兵士の右腕につけられた「友」ワッペン=2011年3月26日 写真提供:産経新聞社

「東日本大震災十周年追悼式」が国立劇場で開かれる

政府主催の「東日本大震災十周年追悼式」は3月11日午後、東京都の国立劇場で開かれ、天皇皇后両陛下、菅総理大臣、遺族や被災者の代表らが出席した。

飯田)死者、行方不明者、関連死も合わせて2万2200人もの犠牲者を出したという東日本大震災から10年となり、その追悼式が行われました。

東日本大震災十周年追悼式で、標柱に一礼される天皇、皇后両陛下=2021年3月11日午後2時56分、東京都千代田区の国立劇場(代表撮影) 写真提供:産経新聞社

追悼式での天皇陛下お言葉 全文

東日本大震災から十年が経ちました。ここに皆さんと共に、震災によって亡くなられた方々とそのご遺族に対し、深く哀悼の意を表します。

十年前の今日、東日本を襲った巨大地震とそれに伴う津波により、二万人を超す方が亡くなり、行方不明となりました。また、この地震に伴う津波や原子力発電所の事故により、多くの人々が避難生活を余儀なくされました。この震災の被害の大きさは、忘れることのできない記憶として、今なお脳裏から離れることはありません。

あれから十年、数多くの被災者が、想像を絶する大きな被害を受けながらも、共に助け合いながら、幾多の困難を乗り越えてきました。また、国や全国の地方自治体、百六十を超える国、地域や多数の国際機関、大勢のボランティアなど、国内外の多くの人々が様々な形で支援に力を尽くしてきました。

私も、皇后と共に、被災地を訪れてきましたが、関係者の努力と地域の人々の協力により、復興が進んできたことを感じています。これまで復興に向けて歩んできた多くの人々の尽力とたゆみない努力に、深く敬意を表します。

一方で、被災地ではまだ様々な課題が残っていると思います。復興が進む中にあっても、新しく築かれた地域社会に新たに人と人とのつながりを培っていく上では課題も多いと聞きます。家族や友人など親しい人を亡くしたり、あるいは住まいや仕事を失い、地域の人々と離れ離れになったりするなど生活環境が一変し、苦労を重ねている人々のことを思うと心が痛みます。また、原子力発電所の事故の影響により、人々がいまだに自らの家に帰還できない地域や、帰還が始まったばかりの地域があり、農林水産業への風評被害の問題も残されています。高齢者や子供たちを含め、被災された方々の心の傷を癒やし、心身の健康を見守っていくことも大切であると感じます。

今後、困難な状況にある人々が、誰一人取り残されることなく、一日でも早く平穏な日常の暮らしを取り戻すことができるように、復興の歩みが着実に実を結んでいくよう、これからも私たち皆が心を合わせて、被災した地域の人々に末永く寄り添っていくことが大切であると思います。私も、皇后と共に、今後とも被災地の方々の声に耳を傾け、心を寄せ続けていきたいと思います。

先月にはマグニチュード七を超える地震が福島県沖で発生しました。被災された皆さんに心からのお見舞いを申し上げます。この地震は東日本大震災の余震と考えられており、このことからも、震災を過去のこととしてではなく、現在も続いていることとして捉えていく必要があると感じます。

我が国の歴史を振り返ると、巨大な自然災害は何度も発生しています。過去の災害に遭遇した人々が、その都度、後世の私たちに残した貴重な記録も各地に残されています。この度の大震災の大きな犠牲の下に学んだ教訓も、今後決して忘れることなく次の世代に語り継いでいくこと、そして災害の経験と教訓を忘れず、常に災害に備えておくことは極めて大切なことだと考えます。 そして、その教訓がいかされ、災害に強い国が築かれていくことを心から願っています。

今なお様々な困難を背負いながらも、その苦難を乗り越えようとたゆみない努力を続けている人々に思いを寄せ、安らかな日々が一日も早く戻ることを皆さんと共に願い、御霊(みたま)への追悼の言葉といたします。

飯田)11日に行われました東日本大震災十周年追悼式での陛下のお言葉です。世田谷区の“赤いシクラメン”さんからは、『「私たち皆が心を合わせて末永く寄り添っていくことが大切」とのお言葉、皆がそうありたいですよね』と、「とても感じ入った」というメールもいただいております。忘れてはいけないことがさまざまありますよね。

宮家)たくさんありますね。陛下のお言葉のなかで、「国内外の多くの人々がさまざまな形で支援に力を尽くして来た」とおっしゃったのです。あのとき東京でもいてもたってもいられず、私もささやかですが、ボランティアをやって来ました。

【東日本大震災10年】小泉海岸で行われた慰霊祭で献花をし、手を合わせる人たち。震災後、サーファーや地元住民らががれきなどの撤去を行い、約15メートルの防潮堤も設置された=2021年3月7日午前、宮城県気仙沼市 写真提供:産経新聞社

米軍支援の「トモダチ作戦」~深まった日米同盟

宮家)いろいろな支援のなかで我々が忘れてはいけないものに、10年前の「トモダチ作戦」というものがありました。この「トモダチ作戦」というのは、アメリカが空母2隻と、海兵隊の部隊を1つ派遣し、それを東北沖に置いて、被災者に対する支援を行ったのですが、これはものすごく大きなオペレーションだったのです。3月11日の日経新聞に関連記事がありますが、

『米軍「トモダチ作戦」から10年 危機で深まる日米同盟』

~『日本経済新聞』2021年3月11日配信記事 より

宮家)……と。確かにその通りなのです。実際の動きを見ると、これは普通の支援作戦というより、朝鮮戦争以来の大きなオペレーションなのです。日米の絆がこういう形で深まって行ったのも事実。それが単なる見せかけのものではなくて、本当に心からのものだったと。そうでなければ、あんなに部隊を動員しませんからね。「あれから10年経ったのだ」とつくづく思います。これからもこういうことが起きてはいけないのですが、日米同盟の方もそれなりに進化を続けているようですから、こういう形でものごとが進んでいることにつき、とても感慨深く思いました。

飯田)この日経新聞の「トモダチ作戦」から10年という記事ですが、まず自衛隊が動き、そしてそれと一緒になって米軍もやるという、ある意味同盟の本質がここに表れているのだというような、あれはまさに有事であったということですよね。

宮家)そうですね。そして、ここに当時、統幕副長であった河野さんのコメントが載っていますが、アメリカ側から「大丈夫なのか」ということを電話で言って来たのですよね。やはりアメリカも心配だった部分があったのですが、そこを日米は克服して来たということなのだろうと思います。

飯田)そして、10年が経ったというところです。

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