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北朝鮮核問題"日本はカヤの外"と慌てるな

プレジデントオンライン / 2018年5月2日 9時15分

4月27日、板門店での南北首脳会談に臨む金正恩・北朝鮮労働党委員長と、文在寅・韓国大統領(写真=KBS/AFP/アフロ)

朝鮮半島の「非核化」をめぐって、中露韓朝4カ国が急接近している。日本は「カヤの外」に置かれたままでいいのだろうか。国際政治学者の櫻田淳氏は、「焦ることはない。特に中露朝3カ国は専制や強権を志向しており、自由、民主主義、人権などを重視する欧米とは『文明圏』が違う。日本はぶれずに後者の『西側』に立ち続けることが重要だ」と指摘する――。

■「日本は蚊帳の外」論が見落としていること

平昌五輪・パラリンピックという催事の後、朝鮮半島情勢が急に動き出したようである。南北首脳会談と米朝首脳会談の開催が合意された他に、金正恩(北朝鮮労働党委員長)は北京を電撃的に訪問し、習近平(中国国家主席)との中朝首脳会談に及んだ。4月27日には、板門店を舞台にして文在寅(韓国大統領)と金正恩が会談した。

こうした朝鮮半島情勢の「変動」を前にして聞かれるのが、「日本は蚊帳の外に置かれている」という声である。もっとも、現下の朝鮮半島情勢に絡む「表流」の変化のみならず、東アジア・西太平洋における国際政治上の「底流」に目を向けたならば、そこには、どのような変化があるのであろうか。この点を見極めずに、「日本は蚊帳の外に置かれている」といった反応をするのは性急に過ぎるであろう。

筆者は、昨年12月、本誌に3度にわたって寄せた連載論稿『米中両国のはざまの日本の選択・序、破、急』の中で、梅棹忠夫(生態学者)の「文明の生態史観」学説に依拠しながら、日本と中国が互いに異質な「文明」圏域に属することを指摘し、それこそが中国主導の地域秩序を受け容れられない日本の人々の心理を裏付けるものであると論じた。

梅棹の「文明の生態史観」学説では、ユーラシア大陸の両端にある日本や西欧諸国(「第一地域」)、そして大陸中央にある中国、インド、ロシア、トルコの旧4大帝国(「第二地域」)は、互いに異なる文明領域に位置づけられる。前者が中世封建制の永き歳月を経て、自由、民主主義、人権、法の支配といった近代価値意識を育んだのに対し、後者は古代専制から一足飛びに近代国際政治体系に組み込まれた。

■韓国文明の「表層」より「底層」を反映する文在寅外交

そして、朝鮮半島については、梅棹は中国と同様に「第二地域」に含まれると示唆している。この示唆は、金正恩体制下の北朝鮮については明らかに妥当するかもしれないけれども、韓国については若干の留保説明が要るであろう。韓国の「文明」構造は、朝鮮王朝時代以前の「第二地域」(「中国」文明圏域)としての厚い文明の「底層」の上に、日本の植民地支配や朝鮮戦争後の米韓同盟の影響による「第一地域」(「日本」文明圏域/「西欧」文明」圏域)文明の薄い「表層」が積み重なったものであると説明できる。

韓国政治の文脈では、進歩・左派層は、半ば土着的な民族主義感情の下地になる「第二地域」的な文明の「底層」の意義を重視する。一方、保守・右派層は、「第一地域」的な文明の「表層」が剥げ落ちないように腐心する。そして、文在寅(韓国大統領)の対外政策展開は、前者の進歩・左派層の姿勢を鮮烈に反映したものであるといえる。

■「朝鮮半島の非核化」をめぐる対立の背景にあるもの

南北首脳会談や米朝首脳会談の焦点である「朝鮮半島の非核化」の議論に際して、日米両国と中露韓朝4カ国が対峙する構図の浮上は、それが梅棹の披露した「第一地域」と「第二地域」との確執の様相を表していると解すれば、何ら不思議なものでもない。日米両国はこれまで、北朝鮮の核・ミサイル開発について、「完全、検証可能、かつ不可逆的な方法での放棄」を政策目標に掲げて、対朝圧力を徹底させてきた。これに対し中露両国は、日米両国が取る圧力主体の姿勢には距離を置いてきた。

3月下旬の中朝首脳会談の際、中国外務省は、「(米韓両国が)われわれの努力に善意で応え、平和実現に向けて段階的で歩調を合わせた措置を取るなら、半島非核化問題は解決できる」という金正恩の言葉を伝えている。また、『日本経済新聞』(4月9日配信)記事は、韓国大統領府部内に「非核化の履行は、経済制裁の緩和も含めて段階的に進めるしかない」という意見が出ていることを報じている。中露韓朝4カ国がイメージする「朝鮮半島の非核化」の過程は、この「段階的非核化」案が想定するものに収斂しつつあるようである。それは、金正恩が「核実験とミサイル発射の凍結」を宣言した後でも、大して変わってはいない。

しかしながら、北朝鮮の核・ミサイル開発がなぜ、国連安保理決議による制裁の対象とされてきたかという経緯を踏まえれば、そのような「段階的非核化」案は、北朝鮮から絶えず「敵意の言葉」を投げ付けられてきた日米両国には受け容れがたいものであろう。というのも、日米両国を含む「西方世界」の認識では、北朝鮮の核・ミサイル計画放棄は、北朝鮮が「悪漢国家」としての立場を脱し、国際社会に迎えられるための当然の仕儀であって、それによって何らかの「報酬」を得られるという筋合いのものではないからである。

南北首脳会談に際して発表された「板門店宣言」では、「南北は完全な非核化を通じて、核のない朝鮮半島を実現するという共通の目標を確認し、非核化のための国際社会の支持と協力のために積極的に努力する」と記されているけれども、それは、日米両国が要求する線を満たすには程遠いものであろう。

■西方世界vs.中露韓朝という図式

「第一地域」と「第二地域」との確執は、現下の西欧諸国とロシアの関係にも表れている。3月上旬、英国ソールズベリーでロシア元諜報部員母父娘が神経剤によって殺害されかけた一件以降、ロシアが事件に関与した主張する英国と、それを否定するロシアとの関係は、「冷戦終結以後、最悪」と評されるまでに険しいものになった。

英露関係の悪化は、英国を含む「西方世界」諸国とロシアが、互いに外交官の追放や制裁・報復発動の応酬に走る風景を出現させた。これもまた、専制・強権性向の色濃い「第二地域」としてのロシアから、「第一地域」としての英国に対して火の手が放たれ、これに主に「第一地域」に位置づけられる国々が猛烈に反発している構図であると説明できる。

こうした構図を踏まえるならば、平昌五輪を機に「金正恩の北朝鮮」が「文在寅の韓国」や「習近平の中国」、さらには「ウラジーミル・V・プーチンのロシア」を巻き込む体裁で、「ドナルド・J・トランプの米国」からの風圧を避けようという動きを盛んに繰り広げたとしても、それは、結局のところは、「第二地域」の輪の中の動きなのである。

特に中朝関係を直截(ちょくさい)に論評するならば、「第二地域」の専制国家の首領同士が手を握ったところで、「第一地域」の日本が右往左往する筋合いの話ではない。それこそが、「日本は蚊帳の外に置かれている」と嘆いてみせる類の評が無益である所以(ゆえん)である。

来る米朝首脳会談において、仮にドナルド・J・トランプ(米国大統領)が金正恩との「没価値的な妥協」に踏み切り、他の「西方世界」諸国も揃って対朝宥和(ゆうわ)に走る事態が現実のものとなった場合は、日本にも焦慮すべき理由が出て来るかもしれない。しかし、目下のところは、そのような動きの兆候は伝わってこない。

むしろ、国務長官職をレックス・ティラーソンからマイク・ポンペイオに、そして国家安全保障担当大統領補佐官職をハーバート・R・マクマスターからジョン・R・ボルトンにそれぞれ代えたトランプの判断は、彼の対朝姿勢が一層、峻厳なものになることを予期させる。米朝首脳会談は、最初から何らかの「妥協」を模索するというよりも、米国が「完全、検証可能、かつ不可逆的な方法で、北朝鮮の核・ミサイル開発を放棄させる」という、自らの意向を突き付ける場になるのではなかろうか。

■「第一地域」同士の協調と提携こそ日本の自然な選択

こうした観察に従えば、自由、民主主義、人権、法の支配といった近代の価値意識を基盤となし、梅棹の言葉にある「第一地域」に位置する日本にとっては、「西欧」文明圏域の国々やその後嗣(こうし)としての米加豪各国、すなわち「西方世界」諸国との協調と提携は、まことに自然な選択であるといえる。

北朝鮮の核・ミサイル開発はもちろん、中国の海洋進出、ロシアのクリミア併合やソールズベリー事件への関与といった、現下の国際政治を揺るがす事象の多くは、「専制と服従」に彩られる「第二地域」から「自由と民主主義」を旨とする「第一地域」に対して仕掛けられた挑戦であると解せられる。日本を含む「西方世界」諸国は、その挑戦を受けて立つべきである。

もっとも、その「西方世界」は今、覆い隠しようのない「内なる動揺」を抱えている。『論語』(季氏第十六)に曰く、「吾れ恐る、季孫の憂いはセン臾(せんゆ)に在らずして蕭牆(しょうしょう)の内に在らんことを」(編集部注:「心配なのは、将来のリスクが外部にではなく、身内の中に存在するのではないかということだ」)である。日本や「西方世界」諸国にとっての目下の最たる問題は、自らの信条や価値意識の如何であるといえる。

第一に、すでに折々に指摘されたように、ドナルド・J・トランプの登場、英国のEU(欧州連合)離脱、独仏両国やオランダ、オーストリアなどにおける「極右」政治勢力の台頭、さらにはスコットランド(英国)やカタルーニャ(スペイン)における「独立・分離」志向の動きの再燃は、「西方世界」諸国における動揺と内憂を印象付けている。こうした動揺と内憂は、結局のところ、「西方世界」諸国が拠(よ)る民主主義体制下で、国民の「統合」が何によって担保されるのかという問いに関連している。

トランプに代表されるように、現下の内憂を演出する政治群像の多くは、多分に自らの権勢を拡張し保持するために、「統合」よりも「分裂」を促す言動に走っている。民主主義体制下の各国政府は、国民の「統合」を担保するために権威主義体制下のような「強権」に頼ることはできないし、経済発展や福祉政策に伴う「果実」を常に潤沢に国民に提供できるとも限らない。

「西方世界」諸国の国民の「統合」を担保するのは、「自由、民主主義、人権、法の支配の尊重」といった普遍的な価値意識、そして国旗、国歌、歴史認識に表される各国固有の価値意識である。しかし多くの人々は、その意義を普段から切実に意識しているわけではない。日本や「西方世界」諸国を特色付ける信条や価値意識が、人々にとって「失って初めてありがたみがわかる」類(たぐい)のものに近くなっている事実にこそ、その動揺と内憂の本質がある。

■対中姿勢を修正しはじめた「西方世界」諸国

第二に、特に中国の経済隆盛を前にして、従来、日本や「西方世界」諸国は、対中経済関係を過剰に考慮するあまりに、自らの信条や価値意識とは相容れぬ中国の文明上の「異質性」にあえて眼を背け、微温的な対中姿勢を続けてきた。そのことが、日本や「西方世界」諸国の「弱さ」と「堕落」を招いたといえよう。中国主導のAIIB(アジア・インフラ投資銀行)創設の際、英独仏3カ国を含む「西方世界」諸国が示した反応は、その事例である。

もっとも、直近に至って、こうした「西方世界」諸国の微温的な対中姿勢は修正されつつある。たとえば、2月中旬に開催されたミュンヘン安全保障会議の席上、ジグマール・ガブリエル(当時、ドイツ外相)は、中国が推進する「一帯一路」構想を「中国の国益に奉仕する」枠組と断じた上で、「中国は、西方世界モデルに対抗する包括的にして体系的な代替モデルを展開している。それは、われわれのものとは対照的に、自由、民主主義、人権を土台としていない」と喝破している。

米国国内でも、数々の大学に設置される「孔子学院」の活動は、「中国共産党体制に都合の悪い題材は扱わない」という忖度を要求することで「西方世界」流の「学問の自由」の土壌を浸食していると認識され、対中警戒感情を呼び起こしつつある。こうしたまなざしの変化は、中国自身の対外姿勢における「傲岸」や「増長」に促されたものであるとはいえ、「西方世界」諸国が自らの拠り所を改めて確認しようとしている状況を表しているといえる。

■西方世界の美風を守る「難しい道」を行く覚悟を

筆者が示したように、梅棹忠夫が「第二地域」と位置づけた「専制・強権」志向国家群(中国・ロシア・北朝鮮など)からの挑戦に対して、「第一地域」に当たる日本と「西方世界」諸国の自覚と結束を説く議論は、冷戦期の共産主義諸国に対する「封じ込め」思考の焼き直しに映るかもしれない。しかし、ロシアや中国、北朝鮮が、共産主義イデオロギーの表装を纏(まと)おうと纏うまいと、元来「専制・強権」志向の文明圏域に属した事実を確認することは、大事である。特にロシアや中国が、経済発展を経て「西方仕様」の国々になると期待された冷戦終結後30年の歳月の後、「西方世界」諸国が思い知らされるようになっているのは、この事実なのである。

加えて、冷戦期の「封じ込め」思考にしても、それを最初に具体的な対外政策として立案したジョージ・F・ケナン(歴史学者)に拠(よ)れば、その本質は、米国自身が、自由、民主主義、人権といった「自らの美風」を護持する姿勢に他ならなかった。米国を含む自由主義世界は、自らの「美風」や「健全性」を護ってこそ共産主義の波及に対する「塞き止め」(containment)を行える。それが、ケナンの認識であった。

外の世界に「敵」を設定して、それに対決しようとする姿勢に走ることはやすいけれども、「自らの美風を護持する」姿勢に徹することは、難しい。今、日本や「西方世界」諸国の人々に問われているのは、さまざまな動揺と内憂がある中でも、この「難しい道」を往(い)かんとする確信や覚悟といったものであろう。

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櫻田 淳(さくらだ・じゅん)
国際政治学者。東洋学園大学教授。1965年生まれ。北海道大学法学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。衆議院議員政策担当秘書などを経て現職。専門は国際政治学、安全保障。著書に『「常識」としての保守主義』(新潮新書)『漢書に学ぶ「正しい戦争」』(朝日新書)『「弱者救済」の幻影―福祉に構造改革を』(春秋社)など多数。

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(国際政治学者、東洋学園大学教授 櫻田 淳 写真=KBS/AFP/アフロ)

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