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なぜ中国は民主化より"皇帝"を求めるのか

プレジデントオンライン / 2018年5月21日 9時15分

写真=iStock.com/AlxeyPnferov

習近平国家主席の権力基盤が強化され、中国共産党の独裁色がますます強まる中国。自由市場が発展しているにもかかわらず、なぜ人々は「新皇帝・習近平」を歓迎するのか。中国の事情に詳しい石平氏は、「中国では、いかに皇帝の暴政に苦しんでも、その後には次の皇帝が誕生してきた。習近平という新皇帝が生まれたのは、歴史的な背景からすれば当然」と言う。中国が民主化ではなく「皇帝」を求めてしまう「構造」とは――。

※本稿は、石平『なぜ中国は民主化したくてもできないのか』(KADOKAWA)の内容を再編集したものです。

■中国の近代とは「新皇帝」をつくり出すプロセスだった

2017年10月の党大会から今年3月の全人代にかけて、国家主席の任期制限を撤廃し、自らの「思想」を党の規約と憲法にまで盛り込んだ習近平は、「朕は憲法なり、朕は国家なり」というほど絶対的な独裁者としての地位を確立し、実質的な「新皇帝」となった。これから彼が行うだろう、中華帝国の「皇帝=天子」としての中華秩序の再建は、日本にとっては危険極まりないものである。

しかし冷静に考えてみれば、この民主化と逆行するような変化は、実に不思議なものだ。民主主義の価値観やIT技術が世界全体を席巻している現在において、なぜ中国では再び「新皇帝」が登場し、独裁政治が大手を振ってまかり通るのだろうか。一見すると時代錯誤のようにも思えるが、実は中国にとってこうした考え方は、非常に「合理的」なのである。

中国史上、初めて皇帝となったのは紀元前3世紀の秦の始皇帝だが、1912年に辛亥(しんがい)革命という名の近代革命が起きた結果、清朝最後の皇帝である宣統帝が退位し、「皇帝」という称号が廃された。しかし、それは決して中国における「皇帝政治」の終焉を意味しなかった。

清朝皇帝の退位からわずか37年後の1949年、毛沢東が天下をとって一党独裁の共産党政権を樹立し、事実上の「赤い皇帝」となって中国に君臨した。つまり中国の「近代革命」の成果は、清王朝という一王朝の終焉であっても、皇帝政治そのものの終わりではなかったである。辛亥革命とそれ以後の中国近代史は、毛沢東という「新皇帝」をつくり出し、皇帝政治を復活させていくプロセスであると捉えれば、中国の近代史がまったく違ったものに見えてくる。

■一度は「脱皇帝政治」へ進むように見えたが……

そして1976年に毛沢東が死去したあと、まさにその独裁政治がもたらした弊害に対する反省から、鄧小平改革が始まった。鄧小平は、経済の市場化・自由化を進め、同時に集団的指導体制や指導者定年制の導入などを中心とした政治改革を導入した。その結果、中国の政治体制は共産党一党独裁を堅持しながらも、「脱個人独裁」「脱皇帝政治」への方向へと進んでいくように思えた。

しかし江沢民、胡錦濤政権をへて、2012年11月に習近平政権が誕生してからわずか数年のあいだ、鄧小平による政治改革の成果は、いとも簡単に葬り去られ、独裁体制が急速に復活した。毛沢東の死去から42年目にして、中国では再び「皇帝」の称号こそもたないが、新しい皇帝が登場した、といってもかまわないだろう。

繰り返すように、辛亥革命から始まった中国の近代史は、秦の始皇帝以来の皇帝政治の伝統を受け継いで「新皇帝」をつくり出すための「近代」であった、と捉えるほうがより自然だ。どうやら中国という国は、いつまでたっても皇帝政治から脱出できないようである。しかし、それはなぜだろうか。中国という国はなぜこの21世紀においても、「皇帝」という名の独裁者をつくり出さずにはいられないのだろうか。

■中国史上に登場した皇帝は600人以上

拙著『なぜ中国は民主化したくてもできないのか』(KADOKAWA)は、まさにこうした問題意識から、中国における「皇帝政治」の謎に迫った1冊である。その謎を解くカギはもちろん、秦の始皇帝以来の「皇帝政治」の歴史そのものにある。

石平『なぜ中国は民主化したくてもできないのか』(KADOKAWA)

前述したように、中国における皇帝政治の伝統は、紀元前221年に秦の始皇帝が中国大陸を統一し、史上初の大帝国を創建したときから始まる。それ以前の中国史は、殷(いん)朝と周朝という2つの封建王朝のもと、いわば統一王朝の時代から春秋戦国の分裂の時代へと変遷したが、その時点では中国に「皇帝」は存在せず、皇帝を頂点とした中央集権の独裁体制も誕生していなかった。

殷朝と周朝の最高統治者は「王」と呼ばれ、「王」のもとには数多くの諸侯がいて、全国を分割統治していた。こうした政治体制は「封建制」と呼ばれ、日本の江戸時代の幕藩体制も似たようなシステムをとっていた。

そして、日本の幕藩体制が戦国時代の戦乱が収束してから確立されたのと同様に、中国でも春秋戦国の戦乱の時代をへて、天下が統一された。統一を果たした秦国の王であるエイ政(えいせい)は、それまでの封建制を廃止して中央集権の独裁体制を創建。同時に「王」の称号も廃止して、中央集権制の頂点に立つ絶対なる独裁者の新しい称号として「皇帝」を採用したのである。エイ政は自らを「始皇帝」と称した。

エイ政が始皇帝になってから前述した清朝の宣統帝の退位まで、中国史上に登場した皇帝は600人近くにも上る。その統治下で数多くの王朝が入れ替わり、二千数百年間の皇帝政治の歴史を演じてきたわけである。

■皇帝政治の歴史は、民衆にとっては苦しみそのもの

とはいえ、始皇帝が登場してからの二千数百年間における皇帝政治の歴史は、中国の民にとっては幸せとはいえないものだった。1つの王朝が立って新しい皇帝とその一族の支配が始まると、皇帝独裁のもとで暴政や腐敗が大手を振ってまかり通り、民たちはいつも苦しんだ。そうした皇帝独裁の暴政に耐えきれなくなった民が立ち上がって反乱を起こし、それによって国内は動乱と内戦の天下大乱に突入し、いわゆる易姓革命が起きたのである。

石平・評論家

その後、やがて戦乱は収拾し、創建された新しい王朝のもとで秩序と安定が取り戻される。全国の民はつかの間の休息を得られるが、新しい王朝の皇帝政治のもとで再び暴政と腐敗が始まると、人民は以前の王朝で体験したような苦しみを味わうこととなる。そこで新王朝の暴政に耐えられなくなった人民がもう一度反乱を起こすのは必定だ。

つまり、皇帝政治に端を発するところの、暴政・腐敗と動乱・内戦の交替という終わらない循環こそ、中国の歴史の常であり、この循環のなかで、中国の民はいつまでたっても苦しみから逃れることができない。皇帝政治が続くかぎり、暴政と腐敗が必ず発生して民が苦しみ、その暴政と腐敗によって反乱と内戦が引き起こされれば、民はますます苦しむのである。

■中国民衆が考え出した驚くべき「論理のすり替え」

そうであれば本来、中国の歴史がこの負の循環から逃れるためには、まず皇帝政治そのものから脱却しなければならないはずだ。その事実に頭のいい中国人たちが気づいていないはずがない。

しかしそれこそ不思議なことに、始皇帝以来の二千四数百年の長い歴史のなかで、中国人は多くの王朝をつぶしてきながらも、皇帝政治そのものをつぶそうとはしなかった。それどころか、21世紀の現代に至っても、この皇帝政治という伝統を受け継いでいることが、習近平政権によって証明されたのだ。

実はその部分においてこそ、日本人にはにわかに理解しがたい、中国の皇帝政治の秘密がある。中国人は皇帝政治そのものからの脱却をめざす代わりに、王朝崩壊後の動乱や内戦がもたらす苦しみから逃れるため、ある論理のすり替えを行って、この論理のすり替えに自らの身を委ねているのである。

この論理のすり替えとはすなわち、本来であれば暴政と腐敗の根源である皇帝政治を「仁政」だとし、暴政と腐敗を抑制する役割を逆にこの「仁政」としての皇帝政治に求めることである。

■中国人は「より安定した皇帝」を求める

その一方、本来であれば動乱と内戦を生み出す原因である皇帝政治に「天下安定の要」としての役割を見出し、「動乱と内戦の苦しみが嫌であれば、より安定した皇帝政治をつくり、より安定した皇帝政治に依存しよう」と考えるのだ。

こうした考え方が中国人の政治論理と国民の潜在意識として広がり、定着した結果、皇帝という存在と皇帝政治はむしろ、国の安定と国民の幸福を保証するための必要不可欠な装置となり、中国人は皇帝政治から抜け出すどころか、むしろ皇帝と皇帝政治にわが身を委ねることになってしまったのだ。

この論理のすり替えが歴史的にどのようにして行なわれ、いかに国民の潜在意識として定着していったのか、ということこそ、まさに拙著において筆者がひもとこうとしてことである。そうした認識を理解してこそ、日本の政治システムとはまったく異なるシステムをもつ中国がどんな原理で動いており、拡張著しい彼らにどう対処すればよいのか、という智恵を、日本人は手に入れられるのではないだろうか。

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石平(せき・へい)
評論家。1962年中国四川省成都市生まれ。80年北京大学哲学部入学。84年同大学を卒業後、四川大学講師を経て、88年に来日。95年神戸大学大学院文化学研究科博士課程を修了し、民間研究機関に勤務。2002年『なぜ中国人は日本人を憎むのか』(PHP研究所)の刊行以来、日中・中国問題を中心とした評論活動に入る。07年に日本国籍を取得。14年『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)で第23回山本七平賞を受賞。近著に、『なぜ日本だけが中国の呪縛から逃れられたのか』(PHP新書)などがある。

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(評論家 石 平 写真=iStock.com)

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